私の家族は歪だ。
私自身も歪だ。
できることと、できないことの差が、この家の人達はみな激しすぎる。
そして、みんな自分の固定観念にとらわれ、それが正しいと思い込み、人の価値観を無理やり治そうとしてくる。
誰も本気で、人に寄り添おうとしていない。ただ同情するふりをして、自分の世界に人をあわせようとしてくるだけだ。
しかも、障害者の弟と、認知症の祖母と、2人も要介護者を抱えて、もうへとへとだ。
私だって誰かに甘えたい、誰かに頼りたい、泣き言だって怒りだって愚痴だって言いたい、遊びたい、休みたい。でもそれは逃げだ、勤勉に働くべきだ、と家族は言う。
挙句の果てに、すれ違いが続いて、「誤解やすれ違いが続くだけだから、もう会話は無駄だ」と切り捨てられた。
家族は何があっても味方でいてくれる、甘えてもいい存在だ、と本やテレビで言ってたのは、私に教えてくれたのは、誰だったっけ。もう忘れた。
ねぇ、この手紙を見た見知らぬ人。
これが家族の正しい形ですか。そもそも、「家族の正しいあり方」とはなんですか。私はただ、安心できる家がほしい。安らげる家と、あたたかい家族が欲しかった。それだけなのに。
どこで落としてしまったの。どこで間違えてしまったの。
このきっと自己弁護と自己愛と承認欲求と甘ったれた心でいっぱいの文章に、私に、少しでもなにか感じたなら。
どうか、私に教えてください。どんな言葉でも、会話のない家族と暮らさなければならない私には、嬉しいです。
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ななしさん
正しい家族の形なんてどこにもない気がします
血が繋がってる繋がってないじゃなくて、自分が家族と思ったものが家族なんだと思ってます。
私の家族はいい顔をした、仮面家族だと思っていました。詳しく話すと長くなってしまうのでいいませんが、本当の家族だとは思えなかったです。気持ち悪かったです。
ただ血が繋がってるだけの人間だと思っていました。
でも今は、お互い仮面を外してぶつかり合ったことによって、本当の家族になれた気がします。今だに受け入れきれない部分もありますが。
あなたが思いっきりぶつかって、泣いて、甘えられる存在ができることを願います。
願うことしかできないけれど、あなたには幸せになってほしいと思いました。
赤の他人ではありますが、あなたを一瞬でも大切に思ったことを伝えたいと思いました。不思議ですね。
小瓶を流してくれてありがとう。
また流してください
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