去年の春に周りに倣って就活を始めたとき、祖父と祖母が｢教員免許を取るんじゃなかったのか｣と聞いてきた。私は大学

去年の春に周りに倣って就活を始めたとき、祖父と祖母が｢教員免許を取るんじゃなかったのか｣と聞いてきた。
私は大学に入学するときに、２人に教員免許を取りたいと言った。
ほんとうに取りたかったわけじゃない。立派な孫でいたくて、いつも私は頭が良くて出来のいい長女だから、こうすればみんなが喜ぶとわかっていた。でも授業は難しくて、勉強すればするほど私には向いてないという思いが強くなって、１年目でそれを勝手に辞めた。大学生活があまりに楽しかったから、私はこっそり楽なほうに逃げた。
祖父と祖母は私が先生になると思っていて私のことを自慢の孫だって言ってた。
だけど私が就活を始めて、１年生のときに教職を辞めたことが発覚して親戚中で大事件になった。
毎晩の家族会議で、私はもう就職して普通の会社員になるって決めたから教職は取らないですって言った。
叔母が｢私のお父さんとお母さんを返して｣と泣いた。母子家庭でお金がない私と妹の学費を払うために祖父と祖母は娯楽を最低限にして、美味しいものを食べに行くこともできなかった。祖父が私のことを裏切り者だって言った。祖母は毎日叔母のところで泣いてた。母親は自分勝手な私と教職を取らせたい祖父と祖母の板挟みで鬱病になった。

祖父と祖母から母子家庭を支えた自分たちへの恩返しだと思って免許を取ってくれと言われた。それができないなら家族全員出ていってくれと言われた。見えるところにいるからこんなに心配になるんだと言われた。
叔母からあなたには資格を取る義務があると言われた。取らないと一生許さないと言われた。
使わなくても良いから取りなさいと言われた。
母親は私を庇って泣きながら出ていこうと言った。私は駄目だと思った。私のせいで妹の学費が打ち切られたら、妹の人生も滅茶苦茶になると思った。生涯の伴侶がいない母親、鬱病で神経質であまり会話が通じない母親が私のせいで自分の肉親を捨てるのは絶対に駄目だと思った。

就活を辞めて、教職の授業を取ることにした。
なにもかもが元通りになった。
私は卒業したらお金を貯めてデザインの専門学校にいきますと言った。全員が許可してくれた。
何校かオープンキャンパスに行って体験授業で先生と仲良くなって、奨学金の相談まで進んだ。本気でやりたいことってこれだったんだと思った。知識が増えるのが楽しくて、自分の感性とアイデアを形にするのが楽しくて、生まれてはじめて自分の人生を自分で生きている感じがした。
もし奨学金がもらえなくても、来年に間に合わなくてもお金を貯めて絶対にこの道に進もうと決めた。
その夏に、母親が何かの拍子で｢あなたが教師になるから家計も借金も楽になると思ったのに｣と言った。
私は免許を取っても教師にはならないって春に言ったのに。
聞いたら祖父と祖母の間でも私が教師になることになっていた。
私のことが大好きな従姉妹に、将来の夢は私と同じ先生なんだと言われた。茫然として言葉が出なかった。

私は先生にならないって言ったのに。
グラフィックデザインの説明をして、デザインの仕事はこれからどんどん増えていく、おじいちゃんが拘る｢手に職｣も、デザイナーっていう職業は満たしている。興味は無さそうだったけど聞いてくれたはずだった。私は生まれてはじめて本気で自分がやりたいことを言ったのに、誰にも通じてなかった。

私のために教員になってほしかったのかな。
私のためだったのかな。
私にかけてきたお金のためなんじゃないかな。
祖父と祖母は、お金は返さなくて良いからその代わりに従姉妹や妹を助けてやってほしいって言ってくれて、21年間生きてきて始めて家族が私を愛してくれていることを感じて、ありがたいと思った。違う形でも返さなきゃいけないと思って就活を辞めてゼロからの教職を選んだ。
だけど、本当は私の給料から少しずつでも返すことになっていたのかな。
デザイナーなんていう不安定な職業じゃ妹や従姉妹や母親や祖父母のことを助けられないから、私の説明を無視したのかな。
私が説明不足だったのかな。プレゼンが下手くそだったのかも。私のせいだ。
一方で、私のこと、本当はどうでもいいのかな。
私の価値って｢立派で自慢できるスペックの孫｣
以外は認められないのかな。頑張って期待に応えてた幼少期はともかく、いま何一つ満たしてないけど。
私は誰のために生きるんだろう。こんなに大きな枷になるなら、大学に行かなければよかった。
友達がみんな自由に進路を選択して、自分の決断に責任をもって生きているから、私もそうなりたいと思ってしまった。
でも私は望んじゃいけなかったんだ。

お金は空から降ってくるものじゃない。湧いてくるものじゃない。お金を稼ぐことは何よりも大変なことだ。アルバイトをして骨身に染みた。
その大事なものを、返さなくていいよと渡してくれた祖父母が私のためを思っていないわけがない。
20で私を産んで、21で妹を産んで、2人の娘を育てるために人生で一番楽しい時期を棒に振った母親が私のことを大切に思っていないわけがない。

それなのに、私は嫌なことがあるとすぐ家族のせいにする。
私がお金の使い方が下手なのは使わせてくれなかった母親のせい。
でも、中卒の母親が生計を立てる母子家庭にお小遣いを捻出する余裕なんてあるわけがない。
私が人とうまく関わらないのはずっと母親や親戚の顔色を伺ってたせい。
でも、私はしっかり者の姉のフリをして、妹に内緒で外食に連れていってもらうなんていう特別扱いを甘受していた。

だんだん堕落していった中学生時代も、優等生のフリは容易くできた。口だけ立派なことを言って、伴っていない実力をうまく隠して、私は家族の信頼を騙しとっていた。
ずっと優等生のフリをして、私のために旅行を我慢する祖父と祖母を置いて遊ぶことを黙認されていた。

私、気づかないうちに自分の人生の自由を浪費して、大学卒業までに使いきった気がする。
これからは楽しんできたぶん家族への恩返しのために生きなきゃいけない気がする。
わかってる。

いま23歳。あと2年半勉強して教員免許を取って、そうすれば何もかもから解放される。私は高給取りの教師になって、奨学金を返して、母親の借金を返して、祖父母にお金を返して、妹や従姉妹の学費を手伝って、安定した職業、立派な職業で家族を安心させてあげられる。私は常につきまとってくる罪悪感を昇華できる。

でもできない。教師になる自分が想像できない。私にはできない。自分のことさえわからないのに子どものお手本になるなんてできない。家族ともうまく関われないのに子どものお手本になるなんてできない。勉強すればするほど私には向いてないと思ってしまう。でもおじいちゃんとおばあちゃんは私にきちんとこなせる実力があると思ってる。

卒業するとき、やっぱり私にはできないって泣いたらおばあちゃんに｢どうしたの？｣って言われた。
難しいからできないって言ったらお母さんに｢難しいのは当たり前だよ｣って言われた。
みんなが見てるのは優等生のフリした私なんだと思った。
頭が悪くて要領が悪くてどうしようもない私のことをみんなは知らない。
知ってるのかもしれないけど、ここまで苦労させたんだからと無視してるのかもしれない。
卒業してからいつの間にか資格取得の申し込みは済ませられてた。
だから、私はもう教職を辞められない。
つらつら並べても私のせいなのは変わらない。

全部自分のせいにして、そんなことないよと言ってもらえるのを待ってる。っていう文章も保険だって、読んでくれる人には伝わると思う。それさえも…
こうやっていつも自分の保身を考えてる。家族のために生きてきたって言っても、常に一番は自分のこと。こんな自分が恥ずかしい。
責任を取ってあと2年半頑張ればいいだけなのになんでやらないの？
勉強したくないからでしょ？
同期が自分で決めた進路で生きてるのが羨ましい？
どうしてもやりたいことがあるなら勘当覚悟でぶつかればいいのに。
嫌われたくないし見捨てられたくない。
でもやりたい、
こんなに甘えた考えなんて受け入れてもらえるわけない。貫きたいなら呆れられて嫌われながら生きなきゃいけない。


でもだれかにこんな私を肯定してもらいたい。
つかれた。

読んでくれてありがとうございました。ちょっとだけすっきりしました。長くてごめんなさい。