1年もこんなにも苦しみ続けるようなことがあったんだね。自業自得って書いてるね。誰かのせいにしたりせず、自分を責め続けてるのかな。それはとっても苦しいね・・・・・
何があったんだろう。その出来事のことをよーく思い出してごらん。その時の状況、その時の気持ち、その時どうしてそういう言動を取ったのか、その言動の後に状況はどう変わったのか、よく思い出してごらん。
後悔があるならば、次に似た間違いをしないように、糧にしたらいい。今からでも間に合うことがあるならしてみたらいい。
かっこ悪い自分も、イケてない自分も、まるごと自分だ。面倒みながら育てていくしかない。時間がかかるんだ。自分に時間あげて、中途半端も大目に見てあげながら。ゆっくり少しずつ育ったらいいんだとおもうんだよ。
わたしは生まれてから一番信じていた人に一番ひどい裏切られ方をしたことがあります。
いまだに思い出して怒りと哀しみを覚えます。人が信じられなくなります。
死ぬほどの思いをどんなに伝えても、その人は自分には関係ない、といいました。
死ぬほど辛い理由は人それぞれだし、いま生きている理由もそれぞれ重みがあります。同じ悩みを悩んでもない他人に言い当てられたくない。
だから最近自分がやっと思えるようになったことだけ書きます。
だれにも言えず死ぬほどつらいのに、いまこの瞬間生きている、まずそのことがどんなに誉めても誉めたりない、すごいことじゃないですか。
人をどんなに傷つけても自分は少しも傷つかない人生。
人を騙して自分だけ楽しても痛くもかゆくもない人生。
あの顔この顔が浮かんできませんか。
そんな人生、難しいことはない。誰にだってできます。
そんな人生のいまこの瞬間は、この瞬間の重みに比べれば、何てことないんです。
そのうえで、もう自分はこれだけ辛い思いをしたんだから、休んだり逃げたりしても、いいんです。
これからどうするか、自分がどんなに迷惑をかけるかなんて考えなくてもいい。
大丈夫。
もう十分独りで戦ってきたのだから。
ずっと寝てたら、いつか体中に怒りとか無念さとか、マイナスの気持ちがどんどん湧いてきます。
それが生きる力なのかもしれないとわたしは思ってます。
自分がいやだったこと、したくなかったこと、筋の通らないことは、はっきり怒っておきたい。
でも人を傷つけなくていい。人に期待しなくていい。
自分を守りさえすればいい。
長々とごめんなさい。