強迫症という病気で実質ひきこもりになってしまっている姉のことは嫌いじゃない(はずだ)けど、一緒にいると幼すぎてだんだん見てるだけで気分が悪くなってくる。
自立できないこと自体がとてつもない脅威のように感じる自分にとって
誰かに頼ろうとしてばかりでゴネれば物事を自分中心に進められると思ってるように見える姉は、その是非は置いといて、本能に「同じ場所に堕ちたくなければこいつとこれ以上関わってはいけない」と警鐘を鳴らしてくる存在なのだと思う。
わきまえや諦め、身の丈というものを知らないらしい。
というかそのような言葉が嫌いらしい。
「自らを卑下しない」
という程度の意味でそう思っている・言っているのだろうけど、私から言わせればそんなものは冷笑モノの思想だ。
お前のその思想がどれだけ家族の犠牲から成り立ってきたかも自覚できないくせに、と。
あなたはもうすこし卑下というものを覚えたら? 私にたくさんそうさせてきたみたいに。
なんて、意地の悪いことを思わないわけではない。イヤイヤしてるだけじゃ人生は進まないよ、そんなだから何にもうまくいかないんだよ、とか。
世間知らずで夢みがちで、リベラル、理想主義、そのくせ自分勝手でよく不機嫌になり八つ当たりをするところが嫌い。
自分の醜悪な部分も人並みにすら直視できないくせに理想や夢を一丁前に語るなんて、おぞましいとまで思う。
親が親として姉を見捨てられないし愛しているのはわかるけれど、姉を回復や成長に導けるほど頭が回るわけではないし、その場の空気を優先するがあまり甘やかしてしまうことが多いしで
じゃあ私はどう向き合えばいいのだろうと最近よく思う。
繰り返す通り姉のことは嫌いではないはずだけど、これまでのような付き合い方はもうウンザリだと感じてもいる。
適切なボーダーラインが引けてないのだと思う。
付き合い方が変わって仲が悪くなるようならもうそれでいいと思うけど、姉にとってはそうではないらしい。
私が私を保つための行動をすると
「私のことが嫌いになったの?」
と心配そうに何度も聞いてくる。
それがまた煩わしく、気持ちが悪い。
関わり方を自分で考えたり相手の真意を推し量ろうとしたりせずいちいち本人に聞いてくるところに浅慮やデリカシーのなさを感じるし
悪意を持って見れば、そうやってわざわざ聞くことで私が「嫌いじゃないよ」と言うことを強要してるようにすら思える。
しかし、私が私を保つための行動というのも、姉への先入観的な苦手意識や過去の嫌な記憶がそうさせてるのかもしれないとか色々考えてしまう。
それならそれでいいじゃないかという気がしないでもないけれど、それだと姉じゃなく私が悪いような気がしてくる。
そういう罪悪感をかき立ててくることばかり言うところも嫌。
感情の処理をこれ以上、1ミリたりとも、私にさせるなと思う。
大丈夫だよ、そんなことないよ、全然気にしてないよ、こっちは平気だからね、(不安や現実の直視によるショックについて)そんなわけないじゃん
と、関係を円滑にするためだけに本心にもないことを言うことが、もう無理だと感じる。
私はお前を気持ちよくさせるための機械じゃない、と思う。
大学生になってバイトを始めて、輪にはうまく入れなくても、人間関係とは本来こうもぶつかりあいながらも自由に存在するものなんだとようやく知った。
しかしそれをしれば知るほど、彼女の把握する世界の、コミュニケーションの歪さが浮き彫りになっていく。
大丈夫じゃないしそんなことあるし気にしてる、嫌だと思ってる
それでも続いていくのが人間関係のはずなのに、どうしてそれすら否定して、自分だけ安心しようとするの?
あなたはそのすべてを相手にぶつけるのに、どうしてこちらはそれを言うだけでその受取を拒否されるも同然の感情処理に付き合わなければならないの?
と、思う。
でも、理解されないんだろうなと思う。
それでも私の感情は存在している。
その感情を姉に知らしめたいと、さらにはこの世界の現実の全てを突きつけたとまで思うのは、私なりの復讐への欲求なのだろうか。
復讐って良くない?
わからない。
姉が私と同じような現実とショックを味わって、不安を処理して、病気から立ち直ってくれればこんな気持ちになる必要なんてもうないのにと思う。
でもそれはそれで、自分がボーダーラインをあちら側に超えるような欲求なのだと思う。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです