会社の誰かのお葬式
香典袋に香典の包みながら俺は想った
香典袋に書かれた文字
「御霊前」
御霊前と御仏前
違いは
『御霊前』(ごれいぜん)
まだ「個」としての名前を脱ぎ捨てられず、愛着や後悔を抱え、形のない風のように漂っている状態。行き先が確定していない、文字通りの「彷徨」。
『御仏前』(ごぶつぜん)
四十九日という長い旅を終え、仏という巨大な概念の一部(あるいは極楽)に組み込まれた状態。彷徨うことをやめ、「無」または「安寧」という場所に固定された状態。
御仏前は魂が彷徨って居る状態
宗教における「彷徨える魂」の定義
一般的に、魂が彷徨うというのは「あるべき場所(死後の行き先)が決まっていない、あるいは辿り着けない」状態を指す。
仏教における定義:
死後、四十九日が経過するまでの期間を「中陰(ちゅういん)」と呼び、この間、魂は次に転生する先が決まっておらず、現世と来世の間を彷徨っている状態。
神道における定義:
死者の魂は家の守護神になるとされますが、恨みや未練を残すと「荒魂(あらみたま)」として荒ぶり、鎮まることなく彷徨うと考えらる。
西洋(キリスト教等):
煉獄(れんごく)での浄化を待つ魂や、成仏できずに地縛霊となる概念に近いが、基本的には「神の懐」に戻れない欠落状態を指す。
彷徨える魂は何処へ行く?
人は死んだら何処に行くのだろうか?
魂は
魂ってなんだろうね
重さは?
聞いた話し魂の重さは21グラムなんだってね
実際は知らないけどね
そんな実験が在ったとか、そんな映画が在ったとか
出口のない魂
いや肉体のない魂
自死や他殺の時に魂はどうなるのだろうか?
恨みを抱き成仏できず彷徨うのか?
地縛霊に成るのか、人に取り憑くのか
たたり神か?
肉体が無いというのは依り代が存在し無い
視点を移す何も依り代は形が肉体だけじゃ無いのね
誰かの記憶の中、心の中
モノにも宿る
視線を視点を落とす墜ちていく
実話ベース
俺の中の出歯亀が頭をもたげる
虐げられてた人の葬式に虐げてた人が来たのね
その時俺は想ったことが在ったのね
どの面下げて来たのかね?
ってね
何を感じ何を想ったのか
何も感じず想わなかったカモな
俺は知りたいどんな気分だ?
希死念慮に、囚われてたとき自死を遂行してたら草葉の陰から覗けたかな?
どんな顔してるのか
自死を遂行して得られるのは静寂か?更なる魂の苦痛なのか?
生前の未練や思いが強いと仏に成れず成仏せずに彷徨って
四十九日で魂は安寧に固定されるらしい。
でも、虐げたあいつが焼香の列に並ぶのを見たとき、俺は如何感じるんだろうな?
宗教的な定義は拠り所、依り代の為なんだよな、故人を想い偲ぶ
俺の持論考えなんだけどね
人って終わったときに解るって想ってるの
何か一区切り着いたとき人生で言えば葬式
どれだけの人が俺のために泣いてくれるか
それでやって来たことが解る気がするのね
行動や選択には結果が現れる
俺は知りたい
虐げてたモノが
どの面下げて
来るのかを
好意的な人達の表情を知りたい
死んだら魂は何処に行くのだろうか?
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください