強い言葉の影響を受けやすいから、
「がんばらない」とか
「わがままになる」みたいな言葉で
私の選択の自由を奪われないように
必死になるんだけど、
私がそういう言葉で
必死に自分を守ることは、
見ている人を不安にさせるみたいで、
「頑張りなよ」
「人の気持ち考えなきゃダメだよ」って
そんな周りの声が大きくなったりもする。
カオスだなって(´・ω・`)
今日も私がカオスだなって
思いながら生きてる(´・ω・`)
自由を奪われないように
頑張るほどに、
ぎゅって縛られていく。
こういうことは
生きていたらよくあること(´・ω・`)
世の中はこんなすれ違いにあふれている。
もっともっと
自分の意思がゆらがなくなったら
わざわざ宣言する必要も
無くなるのだと思う。
そうしたら、
「自由になろうと頑張るほど縛られる」
っていう謎現象からも解放される。はず。
ー
こうやって文章書いてると、
本当に追い詰められていたんだなって。思います。
言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、私ってちゃんと優しくなれる時期もあるんです。
友達の褒め言葉を、そのまま素直に受け取れる時期は、
私も友達を褒めたいな、って
すごく自然な優しさが出てくるんです。
苦しいときも、どこか冷静に自分を見つめてきて、
こんな風に自分を見失ったことはなかったんです。
批判の言葉と、否定の言葉しか耳に入らなくなっていたんだと思います。
優しい言葉さえも、
優しい言葉の中にある否定を
自分から探しに行っていました。
味方はちゃんといたのに。
みんなが敵だったわけじゃないのに。
批判に耳を傾けすぎると良くないのは、
「不満」とか「言い訳」とか「反発したい気持ち」、あるいは「申し訳ない気持ち」「自分を責めたい気持ち」……。
そういう、
茶色い気持ちでいっぱいに満たされてしまうからだな、と思います。
茶色い気持ちから、白い気持ちを作り出すのはすっごく大変だけど、
白い気持ちから、白い気持ちを差し出すのは、そこまで大変ではないんです。
白い気持ちを
差し出せる人になりたいな、と
思ったりもするけど、
それができない自分を責めたくないなと思います。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください