私は鬱病で、つい何もかも死んだら終わる、と片付けてきました。
長くわずらっていて、もうとっくに死んでる年齢になってしまいました。
合間に未遂やいろいろあります。
最近の高齢者問題、私の子供時代ですら、田舎の独居老人問題で、定期的に子供が声をかけるという催しなのか、学校からの強制的な行事…なんでしょうか。老人側がそれを嫌って、すぐに消滅になりました。
これまでも頭に死がよぎる時、できるだけ人に迷惑をかけたくない、でもそんなことは無理なんだという葛藤がつきまといました。
高齢になって認知症になったり、癌になったり…。その前に…と思ってしまうんです。
誰か頼りになる家族がいれば違います。私が鬱病になったきっかけが家族にあり、誰も頼れないんです。親戚も。
両親は人から好かれる人ではないので、憎まれっ子世に憚るで長生きするものと思っていたら、人より早くに亡くなりました。
数年前まではどうせ明日にも死ぬつもりだし、老後なんてない、って思っていました。
今は、老後が怖いから、早く死ななきゃ、みたいな焦燥感があります。これも鬱病の症状かもしれません。
強く生きようとも思えない、今は積極的に死のう死にたいとも思えない…。
でもはっきりと老後が怖いです。
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ななしさん
僕も同じです。あまりにも家族や親戚といることにものすごく違和感を感じ、全てを捨てて身一つで都会に逃げました。僕の場合はもっと重傷で、プライベートでは、1分1秒でも、自分以外の人と過ごす時間がつらすぎてたまらないのです。10年来の友達たちにも理由を言ってお別れしてもらいました。
ところが。都会にいると結構独り身の高齢者が多いですし、皆さんアクティブに働いたり趣味に邁進しているんですよね。下手するとニートしている20代より気力とスタミナがあります。
そういう人たちを見ていると一つの選択肢として、生涯現役で仕事をし続けることができれば、割と老後も充実したまま逝けるものなのかなと、かすかに希望を持っています。仕事場に行けば気の合う仕事仲間に会えますし、突然死をしても会社から安否確認もしてもらえますし。
僕の亡くなった父はシルバーセンターと車の運転を辞めてから露骨にパーキンソン病が悪化したのです。仕事で気を張っているということは健康の維持のためにも一つ大事なのかなと思います。
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