心に溜まった泥を少しだけ洗い流してくれたYouTubeで見た探偵ナイトスクープの感想文を書く。「愛する祖父を鷲嶺の水穴に連れて行きたい」という回。
中1の男の子が、大好きな90歳の祖父を山の急勾配の上にある洞窟(おじいさんが行きたがってる場所で、かつて一緒に行きかけたものの断念した場所) に連れて行きたいという依頼。
頭や言葉は若々しくしっかりしてるおじいさんだが、やはりかなりの高齢者だから急勾配を登るのが厳しく、断念しかけてしまう。それでも孫はおじいさんと一緒に行く事をどうしても諦めきれなくて、最終的にはたくさんの男性を増員し、上からおじいさんをロープで引き上げるようにして半ば力技で連れていっていた。
無事念願の洞窟におじいさんと孫の少年が2人で入って出てきた後、おじいさんは孫の少年に、孫をこの洞窟に連れて来たかった理由を語るわけだけど、今までの個人的に好きな他の回よりも心に来た。「余命の限られている誰々と最後に〜を叶えたい」「今は亡きあの人の何々を再現したい」みたいなお涙必須な依頼も沢山ある探偵ナイトスクープだけど、そういうのよりも、まだこれからも生きていく、けれどいつ死ぬかは分からない、自分と同じラインにいる人たちが織りなすこういう回の方が個人的には好きなんだ。
おじいさんの紡ぐ言葉はさほど凝った言葉ではなかった(よく聞くありきたりな言葉と言ってしまってもいいかもしれん)のだけれど、このおじいさんから滲んでいる、
愛する孫へ自分の言葉で伝えたいという個人的な思い入れや、この人の慕わしい人格というかオーラのせいなのか、言葉が重みを伴ってずっしりしていて。
なんでこんなに高い熱量で自分が心を揺さぶられたのか正直ちょっと戸惑ってもいる。
自分の心のツボに何かがハマったのだろうけど。
久々に憧れる大人、尊敬したくなる年長者を見た。自分の親のことは好きだし尊敬してるけど、正直このおじいさんの方が慕わしいオーラを感じる。自分が仮に狼なら、このおじいさんを群れのリーダーと見做して腹を見せて服従すると思う。そういう感じ。
男の子が「グランドファザコン」と言っていい程におじいちゃんにベッタリになってしまうのもわかる気がした。この男の子が過度に甘えん坊なのではなく、それほどこのおじいさんが素敵なのだろう。一部始終をチラッと見ただけのこちらにもその魅力が伝わるのだから。
このご時世、子供にアメばかり与えて必要なムチを打たない間違った「優しい大人」、もしくは極端に関心や愛情のない冷たい大人が増えて、優しさと厳しさを同量備えながら年少者に道を示せる(示すだけで抱っこして連れていく事はしない)大人が絶滅危惧種な気がしてる。これは自戒として言うのだ。
だからこのおじいさんのような『尊敬したくなる確固たる大人』の存在や言葉に触れる機会ってそうそうないわけで、画面越しとはいえ、こういう大人の存在を見れて、すごくホッとした。
こんな人がもっと今の日本に居たらなぁと思ったし、自分がそれになれる自信は今ないが、たとえなれなくても、なりたいという気概を持って生きなくてはな、と、ふにゃふにゃの体に骨を入れてもらったような感覚だ。
YouTubeで視聴してリアルタイム視聴をしてない人間が言うのも何だが、「人間まだ捨てたものではないかもしれない」「この世にはまだまだこんなにも心の暖かい人や、くだらなくもお人好しで愛すべき人間がいるんだな」と定期的に思い出させてくれる探偵ナイトスクープは、心の底から終わらないで欲しいと願う。
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