親に自分の人生をめちゃくちゃにされた感じがして辛いです。
長くなりますがお読み頂けましたら幸いです。
私は幼い頃より両親から暴力を受けていました。
覚えている一番古い記憶は小学1年生の頃、放課後に友達と遊ぶ約束をして家に帰ると、母に勝手に遊ぶ約束をしたことで怒鳴られ何度も殴る蹴るを繰り返されました。
待ち合わせに現れない私を心配して家まで来てくれた友達に、母は「今日は用事があるから遊べないの」と優しい母親を演じていました。
その時の私は身体中が痛くて起き上がれず、怖くて声も出せませんでした。
母の支配と暴力が続く中、小学2年生になると塾へ入れられました。週3で塾へ通い残りの日は塾の宿題をこなすため、ほとんど友達と遊ぶことができませんでした。
塾の成績が少しでも下がった時はもちろん、授業終わりに先生に質問をしたか毎度聞かれ、そこでしていないと分かると殴る蹴るの繰り返しでした。
ある日塾の友達に頬に傷がついていることを言われ、私は咄嗟に「タンスの角にぶつけたんだ」と誤魔化しました。
ここで家での現状を話せば少しはましになったかもしれませんが、当時の私は母を悪者扱いすることができなかったのです。
他にも挙げればキリがないほど暴力を受ける日々が続き、こんな生活が約4年間も続きました。しかし家庭の外では優しく良き母を演じるため、近所からの母は評判が良かったことがとても悔しかったです。
さらに4歳下の妹にはこんな暴力をふるうことはなく、むしろ私と比べてとても可愛がっていました。
「妹はこんなにも可愛くて言うことを聞くいい子なのにお前はブスでバカでしょうもないやつだ」「お前なんて産まなきゃよかった」「お前がいなければこの家は幸せだった」「早く家から出ていけ」何度もこのような暴言を吐かれ、自分には生きる価値がないんだ、生まれてくるんじゃなかった、この気持ちで何回か自殺を試みましたが、怖くてできませんでした。
そして小学6年生になり、転校先の学校で初めていじめにあいました。1年間を通してほとんどの日をいじめられて過ごしたため家にも学校にも居場所がなく、今までで1番辛い日々でした。
もちろん学校でのいじめや家での虐待を誰かに話すなんてこともできませんでした。
そして中学生になっても、親の干渉や暴力は続いたのです。
友達に誘われダンス部に入ることになったのですが、勉強第一主義の母には猛烈に反対をされ、何度も練習を休まさせられました。
練習に行きたいのに親に禁止されて行けず、その結果部活内で私は練習をサボる人という烙印が押され、最終的には部活を辞めさせられたのです。
そして抵抗も虚しく勉強系の部活へ強制的に入れさせられました。
母は恐らく私のことを嫌っており、高校の説明会や保護者会などにも来てくれたことはありませんでした。
私を支配しようとするくせに、無関心なところがとても悲しかったです。
しかし中でも1番辛かったことは、自分の趣味を禁止されたことです。
友達の影響でアイドルを好きになり、曲を聴いたりグッズを集めたりしていました。
しかしそのことが親にバレてしまい、まずは勉強以外のことをやっていたということで盛大に叱られたのです。
それから「アイドルなんてくだらない」「アイドルを好きになるなんて頭おかしい」と散々罵られ、お小遣いを貯めて買ったグッズを目の前で捨てられた時には初めて母に対して殺意が湧きました。
アイドルは今でも好きですが、母の認識は変わりません。「この年(22歳)でアイドルを好きだなんて幼い、馬鹿だ」「彼氏ができないなんて脳に障害がある」など暴言の数々が止まることを知りません。
高校生になると暴力は落ち着きましたが、暴言がなくなることはありませんでした。
1年生の夏には無理矢理塾へ入れられ、その結果、学校以外は勉強の毎日で憧れの高校生活なんて送れるはずもありませんでした。
高校時代は家にいる時間がほとんどなかったので親との関わりも少なく済みましたが、大学生になると同時にコロナの影響で自宅にいる時間が増え、必然的に親と同じ空間にいることになってしまったのです。(家には自分の部屋などなく、プライベートなど存在しません)
今でも家でゆっくりしていると、父に「ダラダラする時間があったら勉強しろ」「こんな子に育てた覚えはない」「家にいさせてもらってるんだから感謝しろ」と言われます。
本当に親に対して何も悪いことはしていません。ただ休日にゆっくりスマホを見たりしているだけです。
大学生になってから毎月家に生活費を納めているし、休みの日にまで干渉されることが辛いです。
進路のことについても、私はやりたいことがあり、就職はせずにアルバイトを続けながらその目標に向かって頑張るつもりです。
そのことを親に話すと父に「就職しないなんて親不孝だ」「何のために大学まで出したんだ」「学費を返せ」など言われました。
親の小言だと思って無視しようとしていますが、やはり親に認めてもらいたいという気持ちもどこかにあり、悲しいです。
来年には家を出ていくつもりですが、たまにこのようなことを思ってしまいます。
私は生きていても誰の役にも立たず何も生み出さないどころか、社会のゴミです。
死にたいという明確な欲求があるわけではないけれど、目が覚めたら死んでいたらいいのに、早く死ぬべきだと。
このような思考に陥ってしまうのも、友達と一緒にいても友達の機嫌を伺ってしまい楽しめないのも、異性から好意を向けられてもそれを切り捨ててしまうのも、全て親のせいだも思ってしまいます。
親には育ててくれて感謝はしていますが、それ以上に恨む気持ちの方が強いです。
今でも私に対する暴言が続いている一方で、自分は可哀想な親だというようなことを口にします。
「こんなに子供に(金銭面で)搾取された」「子が就職しないなんて外に顔向けできない」「親孝行を全くしてくれない」など。
このようなことを言う一方で「老後は私に面倒を見てもらう」など私を都合の良いように扱ってきます。
それを拒絶するとまた可哀想な母親を演じ、とても面倒臭いです。(少し同情してしまう自分もいます)
私のスマホの位置情報を把握し、どこにいるか常に監視されている状態もとても嫌です。
早く縁を切りたいと思うのですが、毒親の呪縛から逃れることができず(同情してしまうため)、中々決心がつきません。
私はどうするべきでしょうか?
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
離れた場所からでも、また時間を置いた後でも、相手を想うことはできます。
だから、まずは、親御さんの声が聞こえない所まで、物理的に離れてみて下さい。
そこで、親御さんからの影響を薄めた状態で、世の中を見て、自分の声を聞いて下さい。
なるべく早いうちに、それをしないと、この先どんどん離れるのが恐くなります。
「苦しくても側にいるのが当たり前」な状態が、長く続けば続くほど、当たり前から離れるのが恐くなります。
そうなってしまえば、人生は先細りです。
『自分の人生』ではなく、『親と自分の人生』を生きることになります。
実際の介護等の有無とは別に、精神的な負荷が増大し、自己が削られ続ける人生です。
いずれ親は自分よりも先に老いて、弱り、小さくなりますが、その分だけ空白ができた自分の人生と向き合う苦痛と恐怖は、きっと、想像を軽く超えますよ。
以上、個人的な経験則から、私怨を含むアドバイスでした。
ここで逢ったのも何かの縁だ。
私の二の轍は踏まないでくれ。
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