人の輪の中で生きている、生きてきた人と、
考え方というか、価値観というか、感覚なんかが、違うような気がする。
そもそもわたしは、望んでひとりぼっちになる、独り好きなわけで……
まあ、いいやこの話は。
なんか、みんな(一部の人)が気にしてることを、私も気にしなきゃいけないように思っちゃうんだけど、正直めんどくさい。
ボクは、自分が興味あることしか興味ないし。
真剣に考えたいこと以外はどうでもいい……ってそんなのあたりまえなんだけど、気になってしまうのはたぶん
『話』の大枠部分は全然興味ないんだけど、一部分だけなんとなく引っ掛かるところがあるせいなんだろうな。
でも大半は興味ないわけだし、話には入っていかない……と。だからなんとなくモヤモヤしたまま。だからこうして
「どうでもいいや!」って一回小瓶を流すことによってリセットするわけだ。まあ、またモヤモヤするんだけどね!それでいいんだよね。そっちのほうが楽だし。
誰かと話し合いをするのがほんと怖い。苦しくなるのが怖い。後悔するのが怖い。
発言しなきゃよかった……ってなりたくない。
だから今日もぼくはひとり。
誰かが話しかけてきてくれてもわたしは独りぼっち。
そのほうが苦しくないもん♪
自分は、自分の生き方で生きるよ。
無理はしない。
わざわざ不快にならなくてもいいことに不快にならないし、
わざわざ幸せだと思わなくてもいいことに幸せだとは思わない。
ぼくは、ぼくにとって必要なことしかやってないよ。
他人からは
無理しなくていいよ。とか。
違うこと考えてみましょう、やってみましょう。とか。
まあ、いろいろ言われるし、それも一意見としてしっかり聴くけどね。結局行動するのはわたしの身体だから。わたしの好きにするよ。
きっと文句もある。それが貴方がやりたいこと。貴方の好意は、私によって無下にされた。よって貴方は怒りを覚え、私に文句を言う。私はそれを甘んじて受ける。貴方の怒りは尤もであり、私はそれを聴きたいから聴く。それは私のやりたいこと。
お互い好きにした結果の一幕。そんな一幕がいつもいつも世界の何処かしらでやってるんだ。
自分はいつも、自分を精一杯演じきって、そして一日を終える。
ご観覧ありがとうございました。
気をつけてお帰りください。
なんだか、共感してしまいました。
人それぞれ、本当に感じ方や価値観が違う。どうがんばっても自分の価値観に縛られ続ける。だから心からの助言であっても、他人に思ったように響くとは限らないし、他人の助言が自分に響くとも限らない。
それでいいんだと思います。
というか、それしかできない。みんな違うし、その違いは目に見えないから、すり合わせようにも限界があるし。
それでもね。
一般論にこだわる人、一般論に無意識に縛られている人、多い気がしますね。
友達が多いほどすばらしいとか。一人が好きなんておかしいとか。
意識していなくても、そういう価値観に基づいた物言いをしてくる。そういうのを聞くと、面倒だな、と私も思います。意見を言ってもたいてい理解されないし。
私は主さんと同じで、自分が何が好きで何が嫌いか、何が快くて何が不快か、ちゃんと自分で把握して、できるだけそれに合わせて生きていければ、それが一番だと思ってます。
今日も明日も、なるべく多くの楽しい時間をお互い過ごしていきましょ。