幸せについて考えた
先に結論を言うと幸せは妥協点だと思った
例えば住む家があるだけで幸せと感じる人もいれば、もっと良い家に住みたいから幸せじゃないと言う人がいるということ
自分は欲張りだから幸せだと思えないのかな
私は生きていて、家もあって、ご飯も食べれている。
これらが叶わない人だっているのに多くを望んじゃいけないよね
多くを求めずに妥協しないと
けどそう思っても絶対に自分は幸せだと言えない
学校でなんだっけ自己肯定感を高めようみたいな授業で「自分は幸せ者だ」って3回言うのがあって、何故か言えなかった。というか言うことが出来なかった
みんな当然のように復唱してたけどその時私は本当に幸せじゃないのに幸せというと自分の望む「幸せ」には一生なれない気がして怖かった
けど具体的な私にとっての幸せは分からない
幸せってなんだろうね、本当にあるのかな、手に入れることはできないのかな、手に入れたら本当に「幸せ」なのかな
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
その通り、幸せとは妥協点、自己満足。ですが、それの何がいけないのでしょうか。自己満足こそ最高の快楽で、妥協点こそ到達点。あなたが足りないと思うのであれば、そこはまだ到達点ではなくて、あなたが満足できなければそれは幸せではないと思います。私の哲学、というより価値観ですが"幸せを求めることは優れた知的生命体に与えられた特権"だと思っています。幸せを求めることを誰が咎めれましょうか。"あなたには幸せを求める権利があり、幸せという妥協点に到達すれば、あなたは間違いなく「幸せ」になれる"と私は自信を持って言います。
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