躁鬱といわれ、言われてみればハイテンションで色々してしまう時がありました。
でもそれが躁状態だったといわれたら、全部が全部否定されてしまった気がして自分が分からなくなりました。
ちょっとでも動けたらつぎ、落ちると思うと行動も躊躇してしまい、ねたきりになってしまっています。
わたしってなんなんだろう。
それで今のこの状態が嫌で消えたいと思ったり、死ぬイメージをしてしまったり。でも行動には移していません。なかなか簡単じゃないし、おそらく私は生きたいと思っている。それは分かっているけど苦しさから解放されたいのです。
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名前のない小瓶
私も躁鬱の傾向があります。双極性障害は、ただのうつ病よりもずっと自殺率が高いというデータがあるようで、気をつけてはいるのですがやはり苦しいは苦しいです
何が正常か、は、時代や、思想?によるそうです。浮き沈みのある性格が正常、といえば正常ですしね。浮き沈みのない人が異常とも言えます。
一部のヒーリング?セラピー?では、少し躁になれば、それが癒やされたことになる、ところもあります。
偉人、リーダーには躁鬱傾向のある人が結構いて、躁鬱傾向のある人は、何もない平和なときには苦しむが、世の中が滅茶苦茶になったときにリーダーシップを発揮したりすると、本で読んだことがあります。
私は躁鬱で苦しいですが、生きることが苦しくないはずがないなとも思うようになってきましたし、こういう人が必要とされる状況や現場というのが、やはりあると思います。
なぜリーダーに躁鬱が結構いるかというと、鬱のときに悲観的に物事の本質を直視し、躁のときに思い切って行動を起こすからだそうです。
芸術家もしかり。
人類の生存戦略において、躁鬱気質の人は欠かせない駒なのだと思います。
私は毎日死ぬことばかり頭に浮かびますが、まぁ、仕方なく…。
とりとめのない話になりましたが、躁鬱っぽい人は、人類の生存に欠かせない、ということで。浮いたり沈んだりしながら、笑ったり泣いたり?しながら、生きて、みる、と…。半分自分自身に言い聞かせてますが。
ベンガル
こんばんは
昨年躁鬱と診断された者です
躁状態の時と
いい感じの時って
区別つかないですよね
私は後で振り返れば
躁状態だったという時期も
ありますが
そのときは確かに
頑張れていた訳で…
楽しくもあった訳で…
それが必ずしも悪い状態だった
とは思えなかったりします
まあその後爆発して鬱状態に
なってお休みしたんですが
ハイテンションで
頑張れてたり
楽しかったりした時のことを
全部病気の症状だって
バッサリ否定されちゃうの
辛いですよね…
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