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苦しくて仕方がない。今年で50歳になる男性です。病気と不幸が数珠繋がりで訪れて来るので、何年も前から通院している精神科についに入院する事になりました

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今年で50歳になる男性です。

初めて体調に異常を感じたのは、高校生の時でした。急に目眩を起こしたり、突然、一瞬だけ意識が飛ぶ症状が現れました。

高校3年の当時、親に相談してみました。しかし、「早く寝ないからだ」くらいしか言われず、殆ど相手にはされませんでした。

人見知りというより、自分は対人恐怖症のような性格をしています。高校生の時、アルバイトは一切しませんでした。否、出来ませんでした。他人と接する事がとても恐ろしくて。

高校を卒業したら就職する事になっていました。会社に行って働くという事に対し、とてつもなく大きな不安に苛まれていました。アルバイトをしたことも無いような人間が、果たしてちゃんと社会で働けるのだろうか、と。高校3年の3学期から高校を卒業するまでの間、まともに眠る事が出来ませんでした。

まともに眠る事が出来なくなってから、意識が一瞬飛ぶ機会が増えていきました。普通に歩いているとき、自転車に乗っているとき、昼夜問わずでした。徐々に酷くなっていきました。

入社式がある4月1日の朝、自宅の洗面台を前に歯を磨いていた時です。意識を完璧に失い、その場で倒れました。そしてそのまま救急搬送されました。診断結果は癲癇でした。

その後会社には通うようになりました。通うようになったのですが、ブラック企業でした。4月5月は週休3日や4日が、ずっと続きました。なんでこんなに休みが多いのだろうと不思議に思っていたら、会社側が新入社員の有給休暇を勝手に使って休ませていた事が判明しました。本格的に仕事が始まったら、休みは取らせないという方針です。

始業時間は8時30分からでした。しかし早出しなければならない日が週に1日あり、その日は1時間早く出勤していました。通勤に2時間掛かる場所に配属されていました。7時30分から働かなければならない日は、7時迄に職場へ足を運んでいました。そのまま夜中の3時まで働いた事もあります。そんな会社だった事と自分の体調不良も重なり、結局わずか半年程でその会社を退職しました。

癲癇の薬ですが、18歳から24歳まで薬の服用を続け、一旦は薬の服用が中止になりました。

26歳の時、当時付き合っていた女性と結婚したのですが、30歳で離婚しました。子供はいません。

離婚の理由は、幾つかあります。

・元妻が仕事も家事も何もしない。

・一日中家にいるのに、全く家事をしないので、遂には着替える服がなくなったことがあります。そこで自分で洗濯しようと洗濯を始めたら、「なんでそんなことするの?!只の嫌がらせじゃない!!」と、物凄い語気で責められました。それでも結局、自分で洗濯しました。

・夕食は帰宅してから自分が作っていました。面倒臭がって同じメニューが続くと、あれこれ文句を言ってきました。

・自称パニック障害だと言っていましたが、主治医となった精神科医からは「あなたはそんなに重くないですよ」と言われる。その主治医に対して、「あの人は全然理解が出来ない」と文句を言っていました。それまではその主治医の事を、とてもいい人だと言っていました。元妻は自分に対して都合の悪い事があると、全て周囲の人間のせいにする性格でした。自身の両親であっても。

・異常なまでに親離れ子離れが出来ない元妻と彼女の両親。

・日々万年床で酒を浴びるように飲んだくれている。

・酷い時には自分が仕事から帰ってくると、トイレの前や廊下などで酔い潰れて倒れていた事が何度もありました。

・以前勤めていた会社の男性と仲良くなった。


離婚する時、慰謝料を70万円よこせと言ってきました。どうやら元妻の両親からの入れ知恵のようでした。こちらは早く別れたかったのと、手切れ金というつもりで70万円を満額渡しました。

離婚後、元妻の連絡先も何も知らないので、生死を含め今はどうしているかは知りません。


30代初め、2種類の重量物を扱っていました。大型自動車の整備の仕事と、お姫様抱っこされるのがとても大好きだった当時付き合っていた女性です。どちらも腰に、とてつもなく大きな負担が掛かっていました。案の定、腰は椎間板ヘルニアになってしまいました。

全てが自分にとって都合が良くないと機嫌が悪くなる、本当にお姫様みたいな女性とは別れ、それからしばらくして椎間板ヘルニアが発症しました。付き合っていた当時から、何か前傾姿勢がとれないな。腰がおかしいなとは思っていました。


ヘルニアの痛みのせいで、まともに会社へ出勤する事も難しくなりました。遅刻も当日になって休む事も何度もありました。

世の中には何らかの病気を患って、それが原因となって自ら命を断つ方がいます。今現在でもそうですが、その気持ちが痛い程分かるようになりました。今の自分は、まさにそんな気持ちがあります。

30代半ばの時、会社へ出勤する途中の電車の中での事です。吊り輪に掴まり立っていたら、急に目の前の視界が狭まり血の気が一気に引いていく事がありました。そのまま電車の床に倒れ込んでしまいました。満員の通勤電車でしたが、誰からも助けてもらうことも無く、自力で電車から降車しました。その日は病院へ行くべきだろうと判断し、会社は休みました。

病院で診察を受診すると、診断結果は癲癇の再発と言う事でした。精神的に大きなショックを受けました。そしてまた、癲癇薬の服用が始まりました。

やはり30代の半ばでの事です。ある休みの日の早朝です。4時とか5時とか、本当に早い時間です。眠っていると急に胸の中心から痛みが湧き出て来ました。そのままその痛みが上腕、首、肩に痛みが一斉に広がり、上半身を覆っていきました。あまりに痛みが強いため、全く呼吸をする事が出来なくなりました。そして一気に体中から冷や汗が、それもかなり大量の冷や汗が流れ出して来ました。

「これはまずい。これは本当にヤバい痛みだ。救急車を呼ばなければ」

そう思って救急車を呼ぼうとするのですが、喋ることも携帯を探す事も出来ません。只布団の上で、痛みにもがき苦しんでいました。結局15分くらいその痛みは続きました。そして痛みが引いたときには、気を失ってしまいました。

あまりに恐ろしい体験をしたのですが、病院へは1週間後の次の休日にようやく行くことが出来ました。

病院へ行ったのですが、何だか分かりませんと言われてお終いでした。幾つか病院をその後回りましたが、どこに行ってもどんな医師に診察をしてもらっても、様々な精密検査を行っても結局分かりませんで終わりでした。それが数年間続きました。その間、何度も死にそうな程の胸の激しい痛みと苦しみに苛まされてきました。このまま本当に死にそうだと思っていました。

最初の胸の痛みから数年後、以前にも訪れた事のあるT病院のA医師から、ようやくはっきりとした診断結果を伝えられました。冠攣縮性狭心症と診断されました。心臓にある太い大きな血管が、痙攣を起こして血流が悪くなり、最悪死亡するという病気だそうです。T病院では何人もの医師の診察を受けましたが、病名の診断に到ったのはA医師一人だけです。診断を下すのが難しい病気らしいです。

薬を処方してもらって以来、激痛が発症する事はなくなりました。本当にありがたいです。

本当にありがたいと思いながら、突然消えて無くなりたいと思う日も度々あり、とても心が苦しいです。

心臓の苦しみからようやく解放されたと思った30代後半、急に首周りに激痛が走るようになりました。左側の肩甲骨に、真っ赤に熱した鉄の棒を突き刺されたかのような激しい痛みでした。左側肩甲骨を中心に、左腕全体、両肩、首に強い痛みが襲って来ました。一体何事かと思いながら病院へ行ってみると、今度は首の椎間板ヘルニアだと診断されました。

以前からあった自殺念慮が、この時ばかりはかなり強くなって来ました。本当に辛くて仕方がありませんでした。

そんな中、母が亡くなり、その後父が亡くなりました。

悲しい事は悲しいのですが、他人が一つ屋根の下に暮らしているかのような家庭だった事もあり、心の一角では解放されて気分が楽になった気持ちにもなりました。

しかし両親が亡くなってから3年が経つのですが、未だにどう受け入れたらいいのか戸惑うばかりです。距離がある人達だったから、返って戸惑う事ばかりになるのでしょう。

病気と不幸が数珠繋がりで訪れて来るので、何年も前から通院している精神科についに入院する事になりました。2年前の事です。1ヶ月程入院していました。

入院前、入院中、退院後、自分には頼れる人が一人もいないので、全部一人でやってきました。

一応、兄が一人います。守銭奴です。母や父が亡くなったとき、真っ先に実家へ車で向かい、金目の物を家捜しして行きました。自分の持ち物までをも、まるで自分の物であるかのように持ち去って行きました。父の遺産は、殆ど独り占めです。自分には築50年のオンボロ実家を押し付けて行きました。

兄には子供が3人います。長男は中学生です。両親の葬儀のときに初めて3人と顔を合わせましたが、紹介される事はありませんでした。

兄とは関わり合いを持ちたくありません。兄は兄の職場で、自分の陰口を叩いています。20年以上昔の事です。兄が引っ越しをする時に手伝いをする事になりました。その時、兄の職場の同僚が3人来ていました。兄から何を聞かされてるのか知りませんが、その3人のうちの1人が自分に向かって、「お前はどうしようもない奴なんだよな」と、ニヤニヤしながら言ってきました。余りの突然の事に驚いていましたが、兄を見てみると我関せずでした。非常に冷たく、そして卑怯な人間です。


3年程前、精神科で発達障害のテストを受けました。結果は、自閉症スペクトラムでした。今までも今でも、他人と関わることにとても緊張します。30代になっても、他人との会話がまともに出来ませんでした。相手が何を言っているのか訳が分からなくなり、そして自分が何を喋っているのかも分からなくなってきます。

自閉症スペクトラムと診断される以前、対人恐怖症のような自分の性格を治さねばと思い、一人で色々な居酒屋やバーに足を運んできました。最終的にはゴールデン街や新宿2丁目にも行くようになりました。それが何年も続きました。しかし結局、大金を注ぎ込むだけで何も得るものはありませんでした。虚しさだけが残りました。

バイクが結構好きで、色々と乗ってきました。色々と乗ってきたのですが、どうも心から楽しめない。

写真もやります。写真教室にも通いました。通い始めてしばらくすると、前述した腰の椎間板ヘルニアになりました。ちょっとでも動くのが辛いのに、カメラと交換レンズを持って出掛けるなんて不可能でした。

数年経ってカメラを持ち歩けるようになりましたが、撮っても撮っても撮っても撮っても、やはりただ虚しさしかありませんでした。

昔は映画がとても好きでした。映画監督になりたくて、脚本家の教室に通っていました。自主制作映画にも2本携わりました。しかしある日気が付きました。映画が好きなのではなく、映画で現実逃避をはかっている自分がいる事に。

薬を大量に服用している最中に関わらず、酒を飲みに行ったり。バイクに乗って何処かへ走りに行ったり。カメラを持って撮影しに行ったり。何をやっても虚しさしか残りませんでした。残ったのは、膨大な借金だけです。


他人を怖がったり苦手がったり、接すると激しい緊張に見舞われたりなどしていたけれど、結局他人と関わりたくて仕方が無かったんだと思います。しかしどうしても、何をやっても緊張してしまうので、酒、バイク、カメラ、映画で寂しさをなんとかして紛らわそうとしていたようです。

今年で50歳になりますが、今まで友達と呼べるような存在は一人もいませんでした。寂しさに耐え切れなかったのでしょう。

発達障害や生まれ育った環境によって、他人に好かれるような性格だとは言えないでしょう。両親の事は恨んではいませんが、もっと色々と関わり合いを持ちたかったなと思っています。先方がそれをいまいち望んではいなかったようですが。

これから先、ただ借金を返すだけの人生です。ちゃんと返してから死なないと、兄に迷惑を掛けてしまうと思ってしまう自分がとても憐れで仕方がありません。

もう何年もまともに眠れずにいます。寝ても1時間2時間で目が覚めてしまいます。薬の影響と寝不足のせいで、一日中ぼうっとしています。つらいです。


短く端折って書き込んだのですが、えらい長文になってしまいました。すいません。もしこの駄文を最後まで読んで頂いた方がいらっしゃいましたら、本当に感謝いたします。ありがとうございました。

118863通目の宛名のないメール
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お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください

お返事が届いています

ななしさん

これからは良いことばかりが主さまに訪れますように。

ななしさん

すべて読みました。
人と上手く関われない辛さ、私もわかります。
あなたは立派な人だと思います。
私はあなたと友達になりたいと思いました。
お互い頑張りましょう。応援してます。

ななしさん

何気なく開いた小瓶だけど重みのある人生の話が綴られていて思わず読み入ってしまった

色んなことがありながらも、1人で必死に生き抜いてきた貴方は立派で凄いと思います。

どうか貴方のこれからの道が明るいものでありますように!

ななしさん

読ませていただきました。
たいへんなご苦労をされてきたと思います。
どうかお体を大切になさってください。
「兄に迷惑を」と書かれていましたが、お兄様に遠慮することはないと思います。
お金をかけなくても楽しいことはあるでしょうし、気の合うお友達も見つかるかもしれませんね。
この先、良いことがありますように、お祈りしています。

なげっと

こんにちは。すべて読みましたよ。読みやすかったです。
全然、駄文ではありません。

文章を綺麗に書くのが得意なのですね。

これまで一人で頑張ってきたのですね。すごいです。

小瓶主さんがA医師に出会えて良かった、と思いつつ、
A医師に出会えたのは、それまで様々な病院に足を運んだ、小瓶主さんの努力のたまものだと思いました。

小瓶主さんの痛い所が一つでも少なくなりますように祈っております。

また、小瓶主さんのやりたいことが、一つでも多く叶いますように。

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