「あなたは怒らないからいい人よね」
母親はたまにそう言います
たぶん褒めているんだと思います
なんの含意もなく、皮肉でもなく
そういわれるとき、わたしはいつも笑っています
怒り方がわからないんです
いやだなあ、怒りたいなと思った時には
数年前のあの朝が
瞼の裏に張り付くんです
家族がそろったテーブルで
父と母の席の前にはあたたかな湯気を出すごはんとパンが用意されている
わたしの席の前だけが
きれいにぽっかり空いていたあの朝
朝日に照らされて
つやつやとからっぽだったテーブルの質感
子供ながらになにかが起きているとわかって
冷たく脈打っていた鼓動のはやさ
いつも通りの朝だというように
あいさつを交わしてご飯を食べる両親
今日の気温、天気、経済動向、昨日のおもしろかったこと
わたしなど最初から見えていないようにとりとめのない話を続けるひとたち
そのうつろさを
その寒さを
その恐ろしさを
だからわたしはへらへら笑います
怒ることができないから笑います
いやだなあと思いながら笑います
あなたに躾けられた笑い方で笑います
死んでしまえ