『僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る』
詩人・高村光太郎の"道程"による一節。
自分はこの詩が好きだ。中学の国語の教科書で読んだ時から大好きだ。
ただし意味は深く知らない。
知らなくても良いんじゃないかと思ってる。
全文は読んだ。何とも言えない気持ちになった。
けれどそれは嫌なものじゃなかった。
何か大きなもに触れたような、何処か自分には図りきれないものを見たような。
とにかく自分の浅い言語能力では表すことの出来ないものを感じた。
それは感動かもしれないし、感嘆かもしれない。
道程は長文の詩だ。
けれど、たったこの一節だけでも知っていればいい。
真っ白な白地図の上を、何もない白い地面に視線を落としながら歩いていく。
歩いて、歩いて、ふと立ち止まって振り返ってみる。
するとどうだろう。
進む先には何もなかったはずなのに、振り返った先には不格好に曲がったり、途中迷ってしまったのか逆方向に進んでいたり、ぐるぐると同じ場所を繰り返している。
そんな形跡が見える。
ところどころに長く立ち止まっていたような、悩むように足踏みでもしていたのか、そこだけ複数の足跡が重なりぐちゃぐちゃになっている場所がある。
これは全部自分の歩いてきた道だ。
来た道の先。始点は遥か遠くに、見ることが出来ない。
迷いすぎ、逸れすぎてきっと正直に背後を振り返った先を見ても見付からないのかもしれない。
方向なんてどこにもない。
それでも、自分はここまで歩いてきた。
再び正面に、進んでいた方に視線を戻す。
何もない、けれど何もないがある。
これからこの白地図に足跡を刻む。
そのための空白。
僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る。
自分の解釈でいい。自分の想いでいい。
彼の想いを乗せた言の葉は年月を経て自分の元に届き、新たに自分のものになる。
だから、そう。
新しい綺麗な地図をこの足で汚していく。
きっと見えない誰かの地図と重なりあってそこにある。
進みきった先なんて何もなくて良い。
人生なんてゴールや選択肢、行き先のないただの白地図だ。
好きに汚して、好きに描いて、そして見返して。
こんな風になってたんだ。
そう笑う。それだけのこと。
進んだ先で後悔をしてもいい。悩んでもいい。泣いてもいい。
それはその先で道になるから。
今も、未来も真っ白だ。
けれど振り返れば道がある。
生きた道がそこにある。
ただひたすらに意味もなく白地図を汚すことを楽しんでいい。
思うままに歩けばそれでいい。
そう思った。
ただそれだけの、何にもない話。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください