宛メ本 SNSを通じたサイバー犯罪に関する青少年の意識調査

他人と比べずに、比べられずに生きていきたいけど、比べないと自分の今の位置が、存在価値がよくわからなくなるから結構生きるのは難しい

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他人と比べずに、比べられずに生きていきたいけど、比べないと自分の今の位置が、存在価値がよくわからなくなるから結構生きるのは難しい。
名前のない小瓶
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烏羽
4通目のお返事
(長文につき、お時間や気力のある際に読んで頂ければ幸いです)

比べる事そのものが悪いのか?というと、小瓶主さんの仰るよう、自分の位置を解る事に繋がるので、全部が全部害のあるものではなく…

そもそも、何が良いのか悪いのかというのが、根本的に俺たち自己の意識から決めるものであって、物事そのものの存在とは深く繋がっていなかったりする。
個人的には、そんな風に考えている。

だから、比べる事を止めるのは難しいと思ったのなら、今度は比べる事を止めようとするのではなく、比べる事で、「自分の中で何が嫌になるのか」、「それに対して何が出来そうなのか」、そこら辺が大事になってくるんじゃないかね。

「他人に比べられたくない」というのも似たように、「他人と比べられる事の何が気になるのか、嫌なのか」が少しずつでも具体的に見えてくると、考え方を変える事で突破口は見えてくる…事もあるかもしれない。
(自分の事とは違い、他人はどうしようもないので…、比べてくる人とは距離を取るとか、比べられる事で嫌になる、その気持ちへどう対処するのかとか。その方が、比べられたりで、嫌な気持ちになるだけの時間を過ごすよりも楽じゃないか?)

まあ、存在価値を考えようとしない瞬間があっても、ここに生きてはいるしな。
だから、そういう考え方からは「生きる事そのもの」が難しい訳じゃなく、「生きている中で難しい事がある」という事になる。

少なくとも、考え方や認識の在り方によって、解釈による視点、物事の捉え方が変わる。
捉え方が変わる事によって、価値観や感じ方も連なり、変わっていく事に繋がる。

だから何だって話かもしれんが、人と自分を比べまくって落ち込みまくってた俺でも、今は自分の事を誰かと比べて、どうにか平気でいられるようにはなったからな。
(落ち込む時は落ち込むが)

比べる事そのものが、自分のしている事で、自分の考えなのだから、その中身、考え方を変えてしまえばマシになる事もあるかもしれん、というかね。
(「自分の内側へ視点が向くかどうか」という話にもなってくるので、そういう意味では自分軸かもしれない)

あとは…、強いていうなら、「人それぞれ」という事を深掘りしていく事だろうか。
(深掘りする事で「考え方を変える」)

人それぞれ、考え方も価値観も、認識の仕方も、感じとる感性や理解しやすい感覚も違うのだから、そもそも、全く同じものなんて絶対と言って良い程ない訳で。

そうなると、「絶対的に正しい、対照的な比較」が出来ないので、厳密に、正確に比べる事はまず不可能だという事に気付く。

だけど、同じルールを元にすれば…、同じ下の基準の中で動く事になれば、例え一人一人、能力が違っても、その「基準の中で、出来たか出来ないか」が比較できるようになる訳だ。
(要は、ものの見方、条件付けによって、比較する土俵自体を作り上げる事は出来てしまうという)

その上、生まれてきた時間や背景、人生の中身が違う人間であっても、種としては同じ人間、似たような機能を使っているので、同じではなくとも、重なり合う、似たような面はある。

「基準を出す事によって、共通、共有する枠組みが認識できる事」と、それによって「似ていると判断できるから」誰にでも当てはめてしまえる。
(そしてそれを、「同じものだ」と考えやすくもある)

本当の所は、人それぞれ違うので、正確な比較なんて出来やしないのにも関わらず、だ。

比べる事で、確かに、「自分にないもの、やりたくても上手く出来ない事をしている」と見て取れれば、羨ましさや、悔しさ、嫉妬、どうして自分はできないんだ、という嘆きなどが生じる事もある。

だが、それはそれで、「もっと上手く出来るようになりたい気持ち」があるからこそ、悔しかったり、羨ましかったりする訳でな。
考え方によっては、それを確認させてくれる、と解釈する事も出来る。

だからその点は問題ないのだが…
問題は、隣の芝生が青く見える感じのアレというか、「どうして自分は出来ないんだ」と思った時に比べている対象が「己の思った通りに上手く出来ている訳ではない」というか。
(実は比較の対象となった当人でも、それが上手く出来ていなかったり、そこは上手くいっていても、別の点で苦しんでいたりという)

極端に言えば、「自分の考えや思いは、あくまで自分のものであって、真に正しく、事実に沿ったものなのかは解らない」という所かね。
(ないものを「ある」と思い込んだり、逆に、あるものを「ない」と思い込んだりする事もあるので、そこは「自分の考えは、事実かどうかというより、あくまで自分の感想のようなものだ」と自覚しておく事で気を付けるというか)

…そう考えていくと、少しずつ「本当の比較をする事はとても難しい」ように感じては来ないだろうか?
(俺自身、実際には、かなり難しい事であると思ってもいるが)

比べる事よりも、例え比べたとしても、「(比べた事も含めて)今の自分がどうしたいのか」という考え方を重視すれば、自ずと考え方は変わっていくんじゃないかと思うよ。

どうしても比べたくないってんなら、比べる頻度を薄めて、落とす事は出来るだろうけど、全くなくしてしまう事は難しいだろうし、「比べて"しまう"」自分の事を責めても、より苦しくなるだけだ。
(苦しく、辛くなれば、それだけ気分も落ちてしまうので、行動や考え方もそれに引っ張られる)

だから、俺としては、「比較そのものに対して何かする」のではなく、「比較している時に、どんな思いをして、そこに対して何がしたいのか」の方が大事なんじゃないかって事を伝えたく、書かせて頂いた。

もしここまで読んでくれたのなら、ありがとう。
存在価値…というか、「今生きている中で進んでいる意味」は、誰かと比べても、比べなくても、己の中に生じ続けているものだと思うよ。
(腹減ったとか、眠いとかもその類)
3通目のお返事
他人がいなければ悩みのほとんどを消し去れるのに、他人がいることで保たれることもある、本当に難しくて深いものですね。
2通目のお返事
自分が比べなくても他人は容赦なく比べてくるし、不可能な気がする
1通目のお返事
他人軸ではなくて、自分軸で生きるようにする。
というのがいいらしいですよ。

私もあんまりきちんと理解できてるかは分からないけど、なるほどな~って、腑におちた言葉です。
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