考えないで生きてった方が楽だ。
感情をある程度消化したらもうすべて蓋してしまって
形而上的な感性も思考も全てうっちゃって生きることだけに注力して。
それが達成されつつある。
これでいいという気持ちと、本当に? と後ろ髪引かれるような気持ちがある。
本当にそうなってしまったらつまらないような人間になる気がするから。
つまらない人間って何?
つまらなくなるも何も、私って最初から最後までつまらない人間だしな。
つまらなくなるというか、人としてなにかもっと堕落していくような気がする。
人としてって何?
堕落もつまらなさも崇高さも面白さも、本来それは私が私に決めるものではない。
私は生きればいいだけ。
人が何かに決めるものですらない。といっても人は勝手に決めるけれど。
勝手に決められたものばかりで世界は作られている。私も作っていて作られている。私がそれに抗ったり、嘆いたりすることは無意味だ。だけど同時に、その無意味なものから離れることも辛いのだ。評価に同一化することも反発することも同じくらいに気持ちの悪い代物で、いつまで経っても私はそれらから逃げられない。
めんどうくさい。余計なことを考えたくない。私は短絡的で馬鹿だからそんなことを考えてもしょうがないのに。
この発言を単なる自虐と捉える人も一周回って自傷的な自己陶酔に捉える人もいるだろうが、事実短絡的で馬鹿なんだって思ってるだけだ。だってそうじゃなきゃ今ごろ私がしてきた多くの考え事にはとっくに結論が出ているはずだから。
「結論のない考えごと」なんてありませんよ、人はそれを妄想と言うんだ。
しばしばそう言われるものはそうだと言われながらも結局は漸進的に結論を紡ぎ出すけれど
真に結論のないというのはし損ねた思考とその要因であるぐちゃぐちゃに絡み合った感情、そして防衛規制だけ。私の妄想。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください