何年もうつ症状等で体調が悪かったけどここに来て限界がきている。正常な判断が出来てない気がする。何が正しくて合ってるか自分が悪いのかよくわからなくなっている。頭おかしくなってる。
周りの人間や環境には恵まれているがその人間さえも敵思えてくる。つらさを相談してもどうしてできないのか、なぜやらないのか、これをすればいいと提案ばかり。責められてる気がして自己嫌悪になる。
信頼してた人間もストレスを抱えてるせいか暇なら自分がやりたくない仕事家事雑用をやってくれ、手伝ってくれ将来的には全部任せたい頼むからやってほしいと言われ断れない私は今もここで愚痴ってる嫌な奴です。
本人に助けを求めても本人にあっても手伝ってくれるよねその繰り返し。
頼れるところにも相談しても責められてなぜできないのかなぜあれをしないのか機能不全、きょうだい児なら自立しろだの言われる。
家族は表面は仲良くしても全員問題を抱え特に母親は家事、障害の家族のことでストレスを抱え崩壊寸前。父親は自分のことしか考えず家事や身の回りのこと全くしない。完全なるネグレクトに近い。家が回ってない。
性別違和と見た目のコンプレックスを抱え誰にも言えず助けを求めるところもない。
主治医にはできないのに同じことを言われるだけ。先生も変えさせてもらえない。転院したいがやり方もわからない。
自分のことを言ってくる人間から離れたい、連絡もしたくない。外にも出たくない。自分の見た目醜いし。
なのに主治医は家にいたらだめだと。
どうしたらいいんだよ。
生きるのやめる想像しか今は出来ない。
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白蛇
こんにちは。
これを書いている最中、骨の継ぎ目にしびれを感じながら、散らかり放題の頭の中を見回して、舌打ちをしています。
全ての存在と同様に、人と人とは血縁や利害を含めてみてもやはり別々の存在で、心の共有は出来ないんでしょうね。
一人の人間は一人の人間を担いで延々と歩いて行くことは出来ず、時折、寄りかかることを受け入れるくらいがせいぜい、己を救うのは己で、それが出来なければ? それが現実なんでしょう。
人が死ににくくなって久しい共同体で生活しているとつい忘れてしまうのですが、力ない者の生存は運にまかせるしかないのが、人の生物としての限界なんでしょうね。
私は道端でカラスに食い荒らされている首の無いハトを見ると、自分は随分と恵まれていると感じます。不要なモノは脱ぎ捨てて、一つずつ重荷を下ろして、もっと呼吸に集中して、そんな心持で生きております。
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