これまで「真面目に」生きてきた、という自負がある
社会とか学校とかのルールを守って
”優等生”として生きてきた
勉強も人一倍努力して
良い成績をとって良い学校に入った
人の感情を汲み取って、それを優先して、妨害しないように動く
というのもいつの間にかできるようになっていた
真面目に生きることは苦ではなかった
『社会に求められているのは真面目な人間だ』
思っていたから
自分が社会に受け入れてもらうためだったから
だけどいつからか、
「真面目に生きて」いると非難されるようになった
「適当に生きて」いる人の邪魔になるらしい
『ガリ勉』とか『顔うかがい』とかいう言葉で揶揄される
だけど、これって非難されるべきことなの?
一生懸命勉強すること。他人の感情を汲み取ること。
それって悪いこと?
世界が理不尽だから?
違うかもしれない
よく、『要領がいいね』って言われたけど
本当はそうじゃないんだと思う
『カンニングしようぜ』
『赤信号だけど渡っちゃおう』
『少しくらい良くない?』
『気にし過ぎだよ』
『真面目すぎ』
「真面目に生きる」のって大変だ
真面目にやってるのがバカみたい
たぶん、「適当に生きる」方が楽なんだと思う
生きやすいんだろうな
でも私は”適当”にもなりきれないだろうな
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