『自分が知ってるもの』の作品名などを見聞きすると、いろいろと思考や感情が呼び起こされて湧いて溢れて……ってなるのがつらかったりする。
同時に、同じものを知ってるとか好きだとかいうのは仲間見つけた気になって嬉しかったりして……
それもあってさらにごちゃごちゃになるから結果的になんだかどうしていいかわからないきもちわるいものが体内に生成される感じ。
だからわたしも同じように作品名を書いたりするんだ。
ほんの少し抵抗があったりなかったりしつつ。
たぶんこれも、慣れてないからだろうな。
好きなものについて語り合う友達が久しくいないし、今さら避けちゃうし。会話……嫌だなめんどくさいなって思っちゃう。なにもしないほうが楽。なにもしない苦しさ辛さを耐えるほうが慣れちゃってる。もやもやを晴らすより抱えたまま、時間で消化。そんな方法を選択しがち?
まあぼちぼちやってくか〜
マイペースでいいや。怠いときは無愛想に。ちょっと元気なときはできる範囲で愛想よく。それが許される場ならそれで。てきとーてきとー
逃避もほどよくどうぞ〜
進むのも逃げんのも疲れたらお茶ドウゾー( ^^) _旦~~
座っていきんしゃい。
来てくれてありがとなあ。
ゆっくりしたあとは、急に走り出さんと、のんびりいきなねぇ。
まあ好きにしてええけどな〜
(特になんでもない時間。
開始、終了 貴方の気分次第でご自由に)