ならばなぜ学校で切ったの
先生にばれるところで切ったの
保健室に行ったの
切って、ふさがらなくていいなら
ただ誰もいないところで 静かにしていればいいだけ
私が学生だったころ とある先生が
昔の話をした。
とある先生の教え子がリストカットして
血が止まらなくて
急いで病院に、つれてったんだって
そのとある先生は担任の先生だったから
めちゃくちゃ心配してたらしく
病気についても順番待ちも気が気じゃなかった
当人は焦ってもない様子でなされるがまま、
座ってたんだって
でも診察してくれた医者は
僕にはこれは治せないって言ったらしい
僕が何回傷を縫っても貴方はまた切ってしまうでしょう。それならそんなに何回も切らなくていいように、これはこのままにしといた方がいいんじゃないかって
貴方がもしもう切らないというならば
僕はすぐにでもこの傷を縫うよって
それなら僕がやることは無駄にならないからって
そこで初めてその子の表情が変わったらしい。
縫って欲しいって言ったらしい。
別に物語なんて、どんなようにでも脚色できるし、都合のいいところでぶつ切りにできるから
その子のその後に、リスカがやめられたのかは知らない。とある先生はそこまで話してなかったし、その先生も知らなかったのかもしれない。別にこれは医者がいい医者だったとかそんな話をしたいわけじゃない。
むしろリスカをした貴方としては
なにを、どう考えて
その時その場所でそんな深さの傷をつけたのか
ふさがらなくていい傷ならば
ふさいでもらえそうなその場所で
傷をつくったのはなぜ
怪我したら治さなきゃという、心理(だけじゃなくて、怪我をしたら治さなければならないという本能やプログラム)は
元々は全ての生き物が持っている。
植物でも、貴方の皮膚や血管も。
自分で自分を怪我させてしまうのは
いわばその本能から外れたイレギュラーなこと。
怪我をしたら治さなければと思っている大多数の人は怪我した貴方を病院に連れて行くでしょう。だって生き、生かすのは本能だから。
本能から外れてまでも、貴方の心が発してる警報が気になるのだけど、何があったの?
きっと大丈夫じゃない。心配になるよ。
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