祖父が亡くなった。
85歳、老衰だった。
物静かで、穏やかな人だった。
孫と一緒に遊んだりするような人ではなかった。
母曰く、あまり子どもが好きではないのだろうと。
話したことは数える程しかない。
それでも何故か、ずっと優しい人だと思っていた。
理由は分からない。
数年前から認知症が始まっていた。
離れて暮らしている私のことはもう忘れていた。
母の顔も忘れていたのだから、当たり前ではあるのだけれど。
亡くなった祖父の姿はすっかり痩せ細っていた。
ここまで小さくなるのだと、改めて思った。
火葬場に行く前に最期の声掛けを、と言われた時祖父の名前を呼ぶ祖母の声は震えていた。
快活な祖母のその声を聞いて、私も涙がこぼれた。
感受性は高い方だと思う。
お通夜から告別式に至るまで、胃が痛くて堪らなかった。
こんなにも近しい人が亡くなったのは、初めてのことだった。
でもきっと、それだけではなく場の雰囲気もストレスに感じていたのだと思う。
祖父との思い出はほとんど無いのに涙がこぼれた。
悲しいという思いがあったのかは分からないけど、涙がこぼれた。
出来ることならば、三途の川を渡ったその先で私のことを思い出してくれていたらと思う。
私という孫がいるのだと。
今でも、あの時の祖母の声を思い出すと涙が止まらない。
ご高齢の方をお看取りすることが多い仕事をしています。
普段の生活のお手伝いをさせて頂いている我々も、お別れの度に、その方の元気な頃のことを思い出すと切なく、寂しく思います。ご家族の方はきっと我々以上にたくさんの複雑な思いをされていると思います。
私自身も祖父母を亡くしており、別れの時に普段泣かない母が泣き崩れる姿は10数年経っても忘れられません。
人との別れの場は独特と言うか、様々な感情が渦巻いていて、いろんな感情や感覚に触れてお辛かったと思います。
部外者の私が差し出がましくて申し訳ないのですが、きっと、おじい様は忘れてしまったよりも、思い出を閉まった箱を大事に閉じすぎて「思い出せなかった」のだと思います。
それだけ大事な存在だったのだと思います。
涙は止まるまで止めなくて良いと思います。
心がいっぱいになって溢れた分が涙になって流れ出て、いつか少しずつ心にゆとりが出来ると信じています。
今はどうか、少しでも心休まる日々がありますように。