最近やっとわかったんです。
自分が何が怖いのか、何に怯えてるのか。
答えは、
身近な人が死んでしまうことだったんです。
明日の朝起きたら、次はおばあちゃんが死んでるかもしれない。
この家を出たら、またお別れも出来ないでいなくなるかもしれない。
でも、私はここから出たい。ここにいたら自分が嫌いになる。わかってる。
けど、どっちも選べなくて……。
もういっそ自分が死ねば早いんじゃないかって。
見たくないんです。
もう、人がいなくなって、置いていかれて。
それをふとした瞬間に思い出して、辛くなって。
もしかしたら生きてるかもしれない、なんて、ありもしないことを思って待ち続けて……、
自分が死ねばよかったって、
自分が悪いんじゃないかって。
自分が死ねばもう苦しまなくていい気がして。
みんなに会える気がして……。
未来がどうなるか分からないから怖くて、
明日の朝がもう来なくていいって、
いっそ死ぬ事を誰かに許して欲しいと思ってしまって。
乗り切って、大丈夫になったって思ったんです。
けど、全然そんなこと無くて、1番現実逃避してたのは自分で。
でも結局誰にも理解はされなくて、
話せなくて、ほかの小瓶にも書いた通り、
押し付けばかりで、まるで人形なのかなって、
優しいとか、彼女なら大丈夫だろって考えが見え透いてて……。
どんどん自分がダメになっていって……。
大丈夫な日はほんとに楽観的になったり、
明るいんです。
けど、それが1時間後には変わってるのはざらにあるので……。
楽観的なのか、もう諦めてるのか分からなくて……
本当の自分がどこに行ってるのか分からなくて……。
やっぱり死ぬのが一番いいのかなって極端になってしまって。
会えない、死ねない、生きたくない、疲れた、辛い、痛い、泣きたい……怖い……。
何人かの友達にこの手の話を相談されて、
聞いて、答えて、助言して……。
最後に言われるのは、優しい、あなたはいいね、あなたみたいになりたかった、話さない=悩みがないみたいに言われて……。
逆に、その状況の人に自分まで言って相手が耐えられる訳もなくて……。
どんどん自分が都合のいい人間になっていって……
私も人間なのに、いつの間に話を聞いてくれる優しい人、神様みたいだねみたいな……。
そんな人間じゃないし、自分は意外とクズですし、泣き虫の寂しがり屋なのに……。
痛いのも苦しいのも辛いのも嫌なのに、
いつからこんなになってしまったんでしょう……。
人前で泣かなくなって、血も涙もないって言われて……
泣いたら理解してくれるんですか、助けてくれるんですか、そんなわけないのにどうして否定してくるんです。
まるで私は悩みがないみたいに……。
ひととおり体験しましたよ……あなた達が言っていたことは……。
誰も話を聞いてくれなかった……。
死ねばよかった……
みんなに会いたい……もう明日が怖くてしょうがない……
身近な人が死んじゃうのが怖いんじゃないね。
読んでて気がつきました。
泣けなくなっちゃって、ただただ皆の言うことを、聞いてあげる人になっちゃって。
疲れちゃったのね。
死ねば良かったなんて、ただ自分だけで考えないで。
死ねばいい人なんて居ないもの。
私はいい人じゃない!強くなんてない!
私は泣かないんじゃなく、泣くの我慢してるだけ!
あなたの悲しみ請負人じゃない!って、言っちゃえばいいよ。
それで、ひかれたり、避けられるなら、その相手はあなたを利用して、自分を可哀想な人にして、優しくして欲しかっただけで、あなたの友達でもなんでもないから。
あのね、つらいんだ。
毎日つらくて、怖いんだ!って、泣いたらいいよ。
ハンカチを貸してくれたり、背中を擦ってくれたり、抱き締めてくれたら、その人はあなたが大切にしないといけない友達。
誰も聞いてくれないんじゃなくて、聞いてよ!って、あなたが言えないだけ。
いい人の殻に、おさまってるだけ。
でも、言えないよ。って思うなら、はじめの一歩。
ぬいぐるみでも、ペットでも、話してみよう。もちろん真剣に。
ずっと聞いてくれる。
うんとマイナーな映画を見に行って、一人で泣いてみよう。周りに人が居ても少しだし、他人だもの。
泣いてもいいじゃん!
がんばり過ぎちゃったね。
泣いていいから。話聞くから。
死ねば良かったなんて言わないで?