外見がよく性格もいい人は◎。
外見がよく性格が悪い人は〇。
外見が悪く性格がいい人は〇。
外見が悪く性格も悪い人は×。

つまり、外見で選べば◎か〇の人が手に入る。
逆に外見を諦めれば〇か×の人しか手に入らない。

だから恋愛対象は自分好みの外見の人から選ぶべきだと思う。

確率の話。
名前のない小瓶
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36通目のお返事
そういうのは後から出てくる考えじゃないかな。

好きになるってそういうのを超えたものじゃん?本来は。

だからそういうのを先に考えてる時点で多分その人は恋愛対象から外れてると思う。
35通目のお返事
見た目は9割は確か。
でも見た目はあくまで入り口に過ぎない。
入り口入ってからの道を左右するのは全て残りの1割次第。

確率はあくまで確率だけの話。
◯が手に入るといっても、それは確率とは全く別の話。

◯が手に入った。
でもそれは「見た目しか興味ない」ってこと。
それは相手にも失礼だし、自分がそう思われるのも嬉しくない。
外見良くても性格悪かったら結局×

だから、◎××××

確率の話と◎か◯が手に入る話は別モノ。
34通目のお返事
外見がそこそこ好みの人がいたが、性格があまり良くなさそうだった。なんだろう、外見が良いからか逆に悪い方に流れちゃって、性格は残念だなと思ったら、それ以上に好きになれそうにない。性格悪くなさそうだなと思っていたから、余計にショックだった。私の周りにいる人の事を馬鹿にしてる感じがした。それが嫌だった。私の事悪く言ってなくても周囲の人をそんな風に見てるって分かったらもう好きになれない。やっぱり顔だけじゃ駄目だ。彼には同じような性格の女性の方が合うと思う。
烏羽
33通目のお返事
うん、まあ伝わってないね。

だから、押し付けって言われたら嫌でしょ?
押し付けられたって意見を押し付けられる訳だから。

で、答えだとか正解だとか考えとかじゃなく、色んな人にそれぞれの思いや考えがあるのに、そこに上から被せるように一人の考え方を当てはめられると嫌な気持ちになるものだと思う。
そう感じたという話。

主さんと俺の解釈が違うなんて最初の時点からわかっとったわ。
でもその上で書くというのなら、主さんの経験もあるだろうから、俺もまだはっきりと出来ているまでではないと言え、それなりの書き方があるんじゃないかって。

外見が共通の認識なのは良いけれど、その認識は一人一人に帰属するものでしょ?
テレビなんて見てなけりゃ嵐のメンバーの名前なんてわからない人もいると思う。そこまでの判断の話な。

中身に共通認識の話なんて知らん。
名前だとか、外見に対しての認識だとか、結局認識自体が、一人一人の中身に帰属してるように思うから。

空が空であるとの認識が共通だとして、言葉の表し方も様々、かつ、外見に対してどう思うかも様々。
空に関して言えば、どんな構成物質があるか感じるだとか、どんな青さだとか、それは様々では?

見たままを把握するという事も、それは個々の価値観、即ち中身に依存するのではないかって事ね。

だって、知らなかったら知りもしないって事は、この人は誰だ、どんな人だ、という価値観があるって事なんじゃないのか?

価値観に関与しない外見の事はなんとなくわかるが、そうじゃなく、関与しない外見を感じたり判断したりというのは価値観を元に、じゃないのか?って、それだけ。

まずそもそも言葉というある程度の共通認識はあるが、それも言葉の、それぞれが思う中身はあるだろ?

俺は残念ながら松本潤のような顔がタイプと言われてもピンとこないんだな。(知ってはいるが)
一人一人の中身が判断に関わっている話なんじゃないかというかね。

俺的には顔のどんなところに何を感じてる、良いと感じてるとならわかる。
ただ、それに関して性格についても似たようなもののように思う。
言い方と考え方、解釈次第で何とでもなりそうだと思って返事をしている。

中身に共通認識があるないの話をするってんなら、アイドルの顔がどうとか、性格が垣間見えるとか。
それに共感したり、理解出来るというのが1つとして共通の認識なんじゃないのか?

コロコロ変わるというのなら、それこそその時々の判断でよかないか。
色々な解釈ができる、というものを共通の認識にするもよし、見る人にとってバラバラと捉えるもよし。
だから言ったじゃん?それぞれ沢山の面があるんだろうって。そう思っているって。

長所と短所は紙一重、馬鹿と天才は紙一重、そういう感じに、両面だけでなくそれぞれ沢山の面を持ち合わせつつ、その中の一瞬一瞬が主さんの言われる外見の共通認識なんじゃないのか?
と思って書いてきたんだが。

あと、片面ばかりが目につくってのは、後の話だけとは言っても思ってもないぞ。
恋は盲目とは言ったが、それに似たような面があるから、片面だとかが見える事もあるんじゃないかという事で。

それによ、なんつったらいいかな。
共感できない、理解できないなら、無理に土俵に上がろうとする事もないだろ。

慎重だかなんだかもよくわからんが、俺が言おうとしてるのは例えば「あの子は明るそうでかわいいな、と自分は思っている」という話だよ。

なぜ中身がわからんというのに、明らかとまでまで言えるのか。
元は確率の話だと思うが、どうしてそれを俺が目の前の相手を判断する基準と同等のように語れるのか?
そういうのが、俺は嫌だと思ってる。それ以上でもそれ以下でもなく、な。

そうは言ってないつもりでも、言葉の伝わり方という違いもある。
そんときゃ仕方ないがな。

話は変わるが、感じる事と考える事は違うだろうと思う。
感じる事の中に考える事が含まれているが、考える事=感じる事ではないと思う。
ボールの中に空気があって、それを膨らませるのは空気だが、ボールではない的な。(一部は全体ではない)

出所は同じ、それを本質的に同じと捉えても良いかもしれないが、方向性などや結果などは違うんじゃないか?
感じる事は受動的な面が主体かと思うし、逆に考える事は能動的な面が主体かと。

わかるかとは思うが、考える事が感じる事の本質か?と問えばそうではないと思う。混ざりやすいかとも思うが、そこをごっちゃにしてはいかんよねって事さ。
そうしてしまうと、元あった自分や、延いては正しい外見の形を見失う事に繋がってくるんじゃないかと。

成長、変化とも捉えられるが、考える事で影響する事も出来るわけだから、悪く言えば条件付けの結果、本来の、自然に湧き出る好きの気持ち、恋する気持ちというものを見失いやすくなるのではないかと。
(自制も可能が故に)

俺的には、見るのは感覚、それをどう感じたのかも感覚、そこで自分がどう感じたかを判断しようとするのが考えなのでは?と思う。
無意識でも思考は思考、判断は判断だと思ってる。感じる事とは別にね。

溜めてきた情報も確かにあるだろうが、赤ん坊なんかだと行動しない限り情報には結び付かないだろうし。
初めての事ってどうやって何をしたら良いのかもわかんないんじゃないのかな。

・「判断という土台に上がらない」というのは、「その人は(自分にとって)判断する価値がない」「この要素は判断材料としない」という判断をしたことですから…

と言われているが、なぜ判断する価値がない、判断材料としない、と言えるんだ。
そもそもそういう判断すらしてない、しようがない、と俺は伝えたかったんだわ。
それも解釈の話だとは思うがな。

あくまで主さんの思った事だろう、それは。
ご自身の中に判断の支えになる考え方があるんだろうかと思うし、それは良い事なんだろうが、その価値観を俺に対して使うのはやめてくれないか。
あんまりやられまくると正直、窮屈に感じてしまう。

特別な人だから好きになるのか?
好きだから特別になることもあるんじゃないだろうか。

まあいいや。
気が向いたら、後からでももう一度読み返してみてくれれば幸いだ。

どんなに語り合ったからといって、興味があろうがなかろうが、必ず通じ合えるかどうかというのも別だろうしな。
32通目のお返事
主様の意見に概ね同意します。
外見を視覚のみに頼りきった判断基準とするならば、それは違うなと思いましたが。

視覚だけでない五感や第六感と呼ばれるもの(無意識に沈んだ判断基準、所謂「なんとなく」)を含めた「第一印象」の判断は、案外当たっているのではないかと思います。

確証バイアスなどが かかっているからかも知れませんが、第一印象としばらく付き合った後の印象って好感度に関わる程の大きなズレが出ることは無いんですよね。自分の場合は、ですが。
見た目が9割、はある種正しいと思っています。

「なんとなく苦手な雰囲気だけど外見で判断するのは良くないし、きっといい人だから仲良くしていこう」と思って付き合いを続けて中身が見えても、自分の第一印象を裏切ってくれることはほとんど無かった。
稀に裏切ってくれることはあったけど、その裏切り(良い意味で)には「第一印象の判断に重きを置くこと」を切り捨てる程の良さは無かった。

これは見栄えが大切、という意味ではなく。
例えば「顔だけ見ると怖いけど、優しそうな雰囲気がある」とか
「綺麗な笑顔だけど、腹に何か抱えてそう」とか。色々あります。

中身(ある程度付き合わないと見えてこない面)で判断するのは感情疲労が大きいです。

ハイリスク(ハイリターンとも言えない)よりローリスク(ローリターンとも言えない)を選びたくなります。
確率……というより可能性の高低を考慮すれば、第一印象に重きを置くのは悪い事ではないかと。

ちょっと論旨ズレたかな。ズレてたらごめんなさい。
31通目のお返事
小瓶主
鳥羽様にだけお返事です。どうもありがとうございます。

外見の情報が正確というのは、外見自体は共通の認識だという意味です。
嵐のメンバー5人を並べて、「松本潤さんはどれですか?」と聞かれたら、松本さんを知っている人なら誰でも答えられるでしょう?松本さんが大野さんや二宮さんに見えることはあり得ません。情報が正確というのはそういう意味です。見たままを把握するのに個々の価値観は関係ありません。どんな外見をしているかは共通の認識です。
「誰が1番好みか?」とか「誰がイケメンか?」というような質問で、初めてそれぞれの価値観や経験値などから答えが分かれていきます。

中身にそんな共通認識があり得るでしょうか?
おしゃべりな人は「明るく元気」ともいえるし、「うるさい」ともとれる。
おおらかな人は「寛大」か「いい加減」のどっちでしょう。
鳥羽様の「直そうとしても直らない性格や信条」で例を挙げるなら、「後輩の面倒をよく見る人」は「面倒見がいい人」なのか「どこにでもいる普通の常識人」なのか「おせっかいで付き合うのが疲れる…」なのか、どれでしょう?どうとらえられるかは、見る人によってバラバラですよね。行動は同じなのに印象や評価は違う。
メイクを落とした顔や整形後の顔が中身とはあまり解釈していないです。厚化粧をしたり整形したりする本人の心情が中身であり、すっぴんの顔自体は誰から見ても同じ顔ですから。
だから情報としては外見の方が正確と書きました。

鳥羽様も、「松本潤の顔がタイプ!」と言われたら簡単に想像がつきますが、「松本潤みたいな性格がタイプ!」と言われても???でしょう?
仕事にストイックってこと?仲間を大切にするってこと?Sっぽいってこと?
つーかそもそも、松本潤の性格など直の知り合いでもないのに正確に知っているわけがないし!本性はどんなのかわからないじゃん!!と思いません?(ファンの皆様ごめんなさい。アンチじゃないです)

片面ばかりが目についてくる…というのは、既に選んだ後の話ですね。当然ながら「知る」というのはその人に興味がなければ出来ません。相手を知りたいと思ったから距離を縮めて相手を知ろうとする。逆に興味がない人には自らくっついていこうとまではしません。
だから、知ろうとした時点で既に何らかの興味はある。選んでいるのです。
恋は盲目も恋が冷めるのも、既に好きになった後の話なので、この小瓶の「選ぶ」段階ではないかな…と思っています。

見定めるのも行動も、もちろんどちらも人生の中であると思います。前回のお返事で感覚的と書きましたが、全てにおいてそうとは思っていませんよ。人それぞれ、その時その時の判断で最良の選択をしているのでしょう。

確率とはそういう意味ですか。私はもっと単純です。自分にとってより好ましい人と一緒にいる方が幸せでしょう、というだけの話なのです。
様々な状況を考慮しなければという言葉があったので、ちょっと整理しましょう。
美人を見て、「あ、かわいい。明るそうな子だな」と思っているのが私です。
美人を見て、「顔は綺麗。髪型もよく似合っている。服の露出がやや多いな、私の好みではない。靴が少し汚れているな。細かい所まで気を使わないタイプかもしれない。ピアスはシンプルで上品でいい。彼氏はいるのかな。既婚者かな?指輪はしていないが、断定できない」と思っているのが鳥羽様です。
目の前の相手を深くとらえようとしているのは明らかに鳥羽様の方でしょう。
しかし、鳥羽様がそうして考えている間に、先に相手に近づいたり、声がかけられるのは私の方です。
前のお返事でも書きましたが、慎重になるのは悪いことではありません。土俵に上がれるくらいの判断が出来るのは人それぞれ違うし、信用ならんと思うならいくらでも慎重になればいいのです。
ただ、少しの要素だけである程度判断し、距離を縮めるための行動を起こす人の方が、結果的に相手とのコミュニケーションの回数も多く、結果的に相手について早く詳しく知ることが出来るとは思っています。恋愛は積極的にというのはそれ故かな、と。もしそこで何か違うと感じたら離れればいいのだし。「かわいい/かっこいい!!お近づきになりたい!!」だけで即飛びついて隣を確保できる人はなんだかんだ言っても強いのです。外見重視の人が相手を見つけやすいのはそういうこと。そして飛びつけば中身も見えますから、関係性の充実度と知ったことへの満足度は上がります。
それでも気になるなら…◎の人といればうんと幸せ。〇の人といたら幸せ。×の人といたら楽しくない、不幸。一緒にいるなら、自分にとって幸せと思える可能性が高い相手の方がいいよね、と。こう書けばいいでしょうか。付き合った後の破局だの心変わりだのは、2人の時間を積み重ねての結末ですから、選ぶ段階で考慮することではないですね。

「判断という土台に上がらない」というのは、「その人は(自分にとって)判断する価値がない」「この要素は判断材料としない」という判断をしたことですから、それもまた判断です。意識と無意識で曖昧だったり変わったりすることは確かにあるでしょうが、何も判断していないということはない。
基準より下回っても好きになるというのは共感できません。生理的に無理な人は無理です。好きになるならやはり基準の範囲内だったと考えます。

「満たされたいがため、基準以上がために好きになったのか?それで好きになるのか?」
というのはうまく読み取れないのですが…いくらイケメンでも好きになれない時はある、ということでしょうか?だったら恋人としては何か違ったのだろうから、離れればいいかと思います。
許容範囲の判断の前に好きになるのは、あまり共感できません。「必ずや条件があるから好きになるとは言えない」とありますが、だとしたらどうしてその人でなければならないのでしょうか。他の誰かでも代わりになるのでは?キラキラした何かがあったから、その人はその他大勢ではなく、自分にとって特別な人になったのでしょう?認識していないだけで理由は必ずあります。
「よくわからんが惚れた!」なら、匂いやフェロモンではないでしょうか。意識より先に、体や本能が相性のいい要素に気づき判断することもあると思いますね。

長くなったので、あとは「考えるな、感じろ」について。
後半の内容はここに集約されていると思うので。

考える事と感じる事って、そもそも何が違うのでしょうか?
微細な要素や変化は五感でキャッチするもの。その情報を処理するのは脳です。そう考えれば、感じることは考えることの一部ではないか、と私は思っています。ごっちゃになるというより、本質的には同じものかと。
ジャッキーは考えまくりながら日頃からトレーニングを積んできたから、咄嗟の動きや勘でも素晴らしいアクションがとれるのでしょう。スポーツ選手もそうですし、秀逸なアドリブが出る役者もそうです。私みたいな運動音痴はそもそも感じるものなどなく、気持ちだけで真似しても絶対に間抜けな動きです。
女の勘というのも、あれは奥様が日頃の旦那の表情や匂いを情報として記憶しているから、いつもと違う様子を敏感に察するのだそうです。
感じるというのは、何もない所からいきなり現れるのではないと思います。今まで自分がためてきた情報から生み出されるもの。例えば戦争を体験した人とそうでない人は、戦争映画を見ても受け止め方の重さが違うでしょう。そうやって無意識の内でも目の前のものを過去のあれこれと比較して、1番綺麗だとかあの時より悲しいとか判断して、その分涙が流れたり鼓動が速くなったりする。その無意識の内の思考や判断が、感じるということなんじゃないかと、私は思っています。

最後に。
私は、全員のお返事に全て自分の考えを返しています。「考え」です。「答え」ではありません。
おわかりですね。私はこの小瓶が正解と言っているわけではありません。外見と中身という隣り合う要素について考えたことを言っています。それについて皆様もシンプルに外見と中身についての考えを返して下さいました。私はそれが嬉しかったし、それにまた自分が考えたことを書きました。
だからこそ、今回のお返事で自分の世界の押し付けと思われたのはとても無念です。鳥羽様が1番たくさん、お互いの世界について私と話したというのに。文字の上ですから、うまく受け取れずすれ違いもあったでしょうが。
鳥羽様の世界を私の目線で見ると、それは鳥羽様が見ているものとはまったく違う景色になる、そういうことが伝わるように書いていたつもりでいました。あなたもそうだったのではないのでしょうか。

お返事をありがとうございました。
烏羽
30通目のお返事
俺の事をどう判断してようが、主さんにどんな基準があろうがなんだっていいが、外見の方が正確な情報だとは個人的に思えない。

外見を正確な情報だと判断するのは、その人それぞれの価値観というか、中身だろ?自分自身のその時の、言ってしまえば不確かな中身で外見を判断する、という事になる。
それは外見から正確だと思うものを、自身が培った中身の、更にその時点での基準などで選ぶ、だから見つけやすい、となるんじゃないのか。

他の人へ宛てた返事だとはいえ、解釈次第ではメイクを落としたとか整形についてだとかも、中身だと解釈できるように思う。
主さんの考え方とは逆に、見えない上での中身にだって、直そうとしても直せないような性格、捻じ曲げられないような信条、そういった何か変わらないものを求めればそれぞれ出てくるんじゃないかって気もする。

恋が盲目だとか言われるように、片面ばかりが目に付いた後、冷めてくる、もしくは当たり前になってくると悪い面が徐々に見えてくるというのもある。
両面ばかり見れば良いというものでもないだろうが、その事から、そういったように、言い方は悪いが自分に都合の良い解釈というものが出来るようにもなってるんだと思う。
考えてみればそれっぽい理由はいくらでも考えられるし、それらが事実かどうかはわからん。

見定めるだの考えるより行動するだの、それってよくよく思えば、一人の人生の中でどちらもある事なんじゃないかね。
そういったように、色々な1つの物事(だと認識しているもの)に様々な面を重ねて持ち合わせてもいるんじゃないか、その一瞬一瞬何が見えるかが外見なんじゃないかと思うが、それらを知るというのは、それは人それぞれの違いだったり、時と場合による解釈の違いなどを知るという事にも繋がるかと思う。
人それぞれ、中身が成長したりでの変化、人の文化や時代の流れ、遺伝子としての変化、そういった単純かつ様々な要素が絡むからこそ複雑になりもするのでは。

確率というのに違和感を覚えたのはそこで、確率という概念を当てはめる為には俺が書いた以上のもっと様々な状況を考慮しなければ事実としての確率を求めるのも難しいだろうと思ったし、相手を考慮しないにしても自分の内にさえ何かがひっくり返る不確定要素とでも言えるものは沢山あるんじゃないかって思ったから、どうも満足度などが高いか低いかを確率とするのは不明瞭じゃないかな、と。

だから俺自身は、外見というのも、ゆっくり見えてくる場合も、いきなりそうなんじゃないかと思える場合もある、中身とでもいうものも、あまり信用ならない。
常にそうだと言えはしないが、2つあってやっと判断できるか出来ないかの土俵に上がれるかどうかだ。

外見や中身という片面だけがそれを表すものでもないし、両者が揃って完全にわかるというものでもなかった。
わかるかもしれない程度のものだとしか言えない。

突き詰めて考えるに連れ、違うものは違うと言えども、外と内の境目の曖昧さ、違いと共にそういうものも見えてきた事もある。

主さんがそう思うんだったらそれでいいだろうとは思うけれど、意識無意識での判断は、意識の判断の元で、無意識が意識と同じような…例えば、これだからこうだ、と言ったような判断をしているとは限らないだろうし、判断という土台に上がらないと言えるような時もあるんじゃないかと。
要は、人それぞれとは言えるかもしれんし、無いとは言わんが、意識無意識の中に、基準を満たす満たさないが好きになれる基準かどうか、そもそも判断と呼べるものが常にあるのかどうか、それはわからないんじゃないかと思ってる。

判断出来ないからこそ近付く事も、遠ざかる事もあるんじゃないだろうか。
それと同じく、判断できない事を何もしないという事もあるだろうし、判断というのをしていないからこその状態だってないとは言えないんじゃないだろうか。

何らかの基準を持っていたとしても、外見だろうと中身だろうと、場合によって自分が嫌だとか、コンプレックスに思うものがあればそれがとても目に付いて、他の基準がいかに高くても耐えられないと思う時もあるだろうし、それによって基準が高いと判断さえ出来ないような時もあるかもしれない。
逆に、自分の許容できる基準より低くても、それが良いんだ、それがその人の持ち味なんだという人もいるかもしれない。(それが基準の範囲内だったというわけではなくてね)

何かの基準が満たされたが故に好きに繋がる可能性はあるとしても、逆に満たされたいが故、基準以上がために好きになったのか?それで好きになるのか?と問えば、俺は違和感を感じてしまう。
許容範囲のようなものもあるとは思うが、恋をしただとかの好きになったの場合、許容範囲を感じる以前に好きになっていた事もあると思う。

必ず目に情報が入ってきても、○×、好きだとか嫌いだとかの要素、判断が初めから人に対してある、というわけでもないんじゃないかと思うんだが。
いわば、多分本来は、必ずや条件があるから好きになる、と言えるわけでもないじゃない?

大人になるに連れ、どうしてもお金だとか時間だとか、別れる事になったらどうしようとか、色々考えられる幅も増え、不安も出てくるものなんだろうと思うけれど。
現在の自分の価値観で判断するしかないとは言え、別に子供の頃のように後先考えずには出来ないとしても、考えようとしないように行動する事も出来ないわけでもなく…。

むしろ考えるからこそ迷う事もあるというか、思考で恋をしているというわけでもないんじゃないかというか。
目に付いて、外見を知って、一目見てからじゃ判断できない部分もあるのに、外見から判断できているかというかと疑問なんだわ。(かといって一目見て判断できない、というのも疑問ではあるが)
おまけに、判断次第では、好きになる気が起きないと思えば起きない事(自制とは少し違う意味で)もあるし、起きると思えば起きる事もあるんじゃないだろうか。

目に入った情報があるから好きになっているかというと、どうも繋がりはあっても、別の事なんじゃないかというか。
考える事と感じる事は別だと思うんだけど、それがごっちゃになって、どっちかが優位だと思っていると、それが頭の中で起こって、基準や見るもの、感覚にも関わる事があるというか。
それが問題になる場合もあるんじゃないかな。

感情を不確かで繊細なものと感じているかどうかは知らんが、人それぞれの違いがあるというのは、解釈や概念、価値観、それに対する気持ちや判断するしない、それを全て纏め、明確には一概に物事を言えるものではないのではないかと思っている。
心理とかはそれぞれが持った基準、見たり培ってきたりした経験の上で考えられた、こうなんじゃないのか?と思った1つの考え方以上のものにはならないんじゃなかろうか。
解釈の違いと言えばそうなんだろうと思うがね。

主さんの言っているような、恐らく自分で悩んだりで考えた基準で動く事も出来るし、他の人がそれなりに考えた、主さんと異なる基準で動く事も出来るんじゃない?
俺にまだ明確な判断の基準がない(≠判断する為の基準がない)からかもしれないとは言え、人間だからという共通の基準は、これだからこうなるというようなシステマチックな感じじゃなく、もしかしたら自分もそれに似た可能性がある、というような共通ぐらいじゃなかろうかと思う。

結果同じだと思えばそれは同じだし、過程が違うために、結果が同じでもそれは、似たような結果であって同じではない、とも思う事が出来る。
自分自身がそうだと思えばそうだ、とでも言うような所、みたいな。

結局、見定めるといっても、考えない事で見定められないわけでもなし、考えるより行動するといっても、考える事が行動じゃないわけでもなし。
思い浮かぶ全てが判断だと言えばそうとも言えるし、考えだと言えばそう、思念止まりだと言えばそう、だからその中でこれが正しいんだと思えばそうではあるだろうが、それが他の人の中で正しいかどうかは本当にはわからないと思う。
悪いかとも思ったのであまり書きたくなかったが、そこを超えてしまうと、自分の世界の話の押し付けになってしまい、わかっていない事をわかったつもりになってしまい、すれ違う。
そうなると、それは自分自身の判断の狂いに繋がるんじゃないか、と思ったんだわ。

まあ、主さんが違うなら違うでいいよ、あくまでも俺が思った事実かどうかもわからない推測だらけの返事だし。

ただ、そうだと思えばそう、という部分がある事から、考えているという状態の中では、どうしても自分の想像以上は難しいというか、その時持ち得る思いや概念、価値観でしか考える事は出来ないんだと思った。
だからこそ、自分の想像以上のもの(≒恐らく無知)があるかもしれないという事は大事にした方がいいかもしれないとも思った。

意識といっても、変化し続ける自分自身の、内面の中の、一瞬一瞬を区切った外見のものとでも言えるかもしれないわけだし、その中にある意識の一部が自分、あるいは意識が一部の自分とも呼べるだろうから、自分自身を自分で判断できているか、というのも、身を持って動く事と考えが共にないと、自分の色んな感覚を感じる事も難しいと思うんで、なかなかわかるもんでもないんじゃないかと。

自分の考えの一人歩き(わからない先の事を考え過ぎてしまう)と、その状況も相まって余計に解りづらいような所もあるかもしれない。
考えるって事自体は良くも悪くも自由なものだと思うし、それ故に見失いやすい…というか、自分の中でルールやしるべ、基本のようなものがなかなか見つからなかったりするが為も、1つの可能性としてはあるんじゃないかね。

人による違いもあれ、中身のわかりづらさってそういう1つ1つの複合でしかないんじゃない?
そんで、それを知らず知らず、対処できるものを一人一人培って持っているかもしれない。
外見に対しても内面の事情と絡まったりして、似たような事が言えるかと思うんだけど。

わからない、わかりづらいとは言っても、主さんが外見のどこを正確だと判断できる基準があるように、それを培ってきたように、内面に対してもそれなりの基準を培う事だって出来ない訳でもないんじゃないかな。
まあ、生きてる以上もうそれなりにはあるんだと思うけれど、外見とは向き合い方が違うというだけでそんな大した事もないかもしれないじゃない。

一言で片付ければ、考えるな、感じろ、みたいな?
しろってんじゃないけども、言ったのは、ジャッキーチェン…だったか、よくわからんが、彼も考えまくる人ではあったみたいで、多分その中で培ったものもあったっぽいね。
俺が培ってきた部分もあるからこそ、そう思える可能性もあるが。
29通目のお返事
これまで好きになった人、それぞれタイプが全然違う。

なんで好きなんだろう?

選ぶべきと言っても、自分で自分のその基準とやらが全然分からない。
28通目のお返事
21通目だけど、少し違うね。

理由は管理人に聞いてね。
どうしてそうなったかは書いたけど、載らなかったからそれだけ書いただけだから。
もっかい書いても載らないだろうし載らない理由聞くのも面倒くさい。
硫安
27通目のお返事
お返事大変そうなのでこれに対してのお返事は結構です。

確かに、極端な話で言えば内面外見共に良くなければ◎ではないかもしれません。

多少でも外見は見てしまいます。

「多少外見が悪い」を「外見が良い」としてとらえるのであれば。

でも、そうなってくると万人が万人共に◎×××になるのではないのかなっていう。

言い方は悪いですが、ゲスみたいな性格な人と付き合う人がいるでしょうか。

多少でも良いと思う部分があるからこそ、付き合いたいとか思うのでは無いでしょうか。

そうなってくるとやはり、外見良し性格悪しは○にはなり得ません。

外見悪し性格良しも○にはなり得ません。

繰り返しますが、「多少でも良いと思う部分があれば外見も判断基準でしょ」と言われるのであれば。

なんだか論点が分からなくなってきました。
26通目のお返事
小瓶主
引き続きお返事を書きます。

19通目様へ。

そうですね、大体そんなパターンになると思います。
美男美女・性格良い悪いの基準が全世界共通なら、簡単なんですけどね。そううまくいかないから恋愛は難しいし楽しい。
好きな人に一生懸命になれる人には、素敵な出会いがあるといいなと思います。

20通目様へ。

あなたは、誰にでも親切な人をどう思いますか?

「優しい人だから〇」と思いますか。
「八方美人だから×」だと思いますか。

それが基準ということです。無意識の内でも、こうしてたくさんの〇×を判断しているはずです。
合コンだって、「かわいくて話が楽しい〇」→「デートも楽しい〇」→「好きになった」になるわけです。
「好きになろうとしてなれるわけじゃない」というのは、まさしくこの基準で考えているからです。この人と付き合ったら幸せだとわかっていてもどうしても好きになれないのは、その人があなたの中の「好きになる」基準を満たしていないからです。
「好きになる人を選ぶ」時でも「気づいたら好き」の時でも基準は必ずあります。〇×をつけているのはどちらも同じです。

21通目様へ。
「顔が良く中身も良い人」のみがいいということですね。誰でも理想はそうだろうと思います。勝率は少し落ちますが、その分出会えた時の満足度もきっと高いでしょう。
素晴らしい人に出会えますように。

22通目様へ。
はっきりした理想を持っていてとても良いと思います。
顔が良いか悪いかは、中身が良い悪いかよりわかりやすく、見つけやすいです。だから外見重視は恋愛相手を見つけるにはかなり有利です。競争率が高いと思いますが、素敵なイケメンに出会えますように。

23通目様へ。
結婚するのも外見は大切だと思いますよ。毎日毎日見る人ですからね
毎日綺麗なものを見るのとそうでないのでは、快適さも違うかと。

24通目様へ。

恐れ入ります。
動物はもろに外見ですね。羽の大きさとか、喧嘩の強さとか。
視覚の情報はやはり重要と思っています。

皆様ありがとうございました。
お返事のお返事が、ご本人に届きますように。
25通目のお返事
小瓶主
またお返事が届いていましたね。
遅くなりましたが、ぽつぽつとお返ししたいです。

15通目様へ。
中身が良く性格も良ければ◎で、中身だけ良くても〇だから、ということですね?

私が外見を先に書いたのは、外見の方が正確な情報だからです。

メイクしても落とせば素顔は見えます。整形しても昔の写真や美容外科への通院でほぼばれるでしょう。体型も多少服装でごまかそうが補正下着を着ようがすぐばれます。男性は女性に比べてよりわかりやすいですよね。

一方、中身はどうですか?
友達と恋人では対する態度がまるで変わる人もいます。
真面目な人もたまにはサボります。逆に不良が更生したりもします。あんなに好きだった恋人への気持ちが冷めることもあります。
この宛メの中にも、自分の本当の気持ちさえわからなくなってしまった人がたくさんいますね。

正確にわかる外見と、不確かな中身。
どちらが情報として信頼できるでしょうか?

というわけで、より正確な外見を基準にした方がいいだろうなと思いました。

硫安様へ。

「多少外見が悪くても、性格が良い人には適わない」
お返事にあるこの文が、まさに外見ありきの意識の証拠だと思います。

つまり硫安さんは「多少外見が悪い」までが許容範囲ということです。
「外見はありえないほど(自分にとって)ブスだったとしても」は許容されないのです。
硫安さんは「多少悪い」から「とても美人」までを外見から判断し、その中から「性格が良い」人を選んでいるのです。

何回か小瓶を拝読していますが、硫安様はわりとシャイな方なのか、自分のお気持ちをストレートにぶつけることがあまりないように感じています。ということはお相手とのコミュニケーションもそれほど深くなっていなくて、それだとお相手の性格を正確判断は出来ていないのではないか、というのが私の推察です。よって外見ありきで好きになっている割合が、案外多いのではないでしょうか。無意識の内でも。

鳥羽様へ

2回目のお返事ありがとうございます。

何の確率かというのは明確にした方が良かったでしょうか。ざっくり言うと満足度とか幸福度ですね。自分の好みに合った人であるほど、一緒にいると幸せだろうという、単純な話です。
そして好みに合うか合わないかを最初に判断できるのは外見だよね、という話。鳥羽様も「一目惚れみたいなの」をしたことがあるなら、相手のルックスにぐいっと惹かれる感覚は経験済ですね。仮にそれで相手の中身が×だったとしても、中身が×だとわかるくらいまでは相手のことを一生懸命知ろうとしたということ。そう考えてみれば、外見に大きな求心力があること自体はわかっていただけるかと思っています。

お返事のお返事のお返事(笑)を見て感じたのは、ご自分が思うことをそのまま文章にしているな、ということです。簡潔に要点だけ伝えたいとか、私を説得したい、という意図は感じませんでした。おそらく感覚的な方なのだと思います
鳥羽様は人の感情を非常に繊細で不確かなものとして捉えている。そういう方には、この小瓶のように「確率」という言葉で人の心を表すことに違和感があるのかもしれません。
ただ、私が書いた確率は、決して人間を機械のように考えているわけではありません。誰しも相手に対してたくさんの〇×を感じています。〇×という表現がちょっとおかしいなら、好き嫌いでもいいです。鳥羽様もきっとそうです。他の誰とも違う、その人のここが好き(あるいは嫌い)と思う何かの要素があるのです。
その要素を深く掘り下げて熟考し「見定める」か、自分の直感を信じて「考えるより行動する」か、それだけの違いだと思います。鳥羽様は後者なのでしょう。どちらも意識的・無意識的に相手に〇×を判断しているはずです。
※相手の気持ちや判断基準はあまり書きませんでした。だって相手から嫌われていたとしても愛してしまうことってあるじゃないですか。感情って基本的に自分本位なものですからね。
24通目のお返事
自らの遺伝子をより良い遺伝子として、いかに安全に後世まで残すか。
と考えた時、人も動物も同じだなあと思いました。

小瓶主さんのスレッドは、わかりやすくて納得致しました。
23通目のお返事
付き合うなら外見。
結婚するなら性格。
22通目のお返事
やっぱりイケメンじゃなきゃ恋愛したいって思えない。いくら性格が合うって言っても恋愛対象に出来ない。イケメンと付き合ったからって、その後に苦労するのは分かるけどやっぱりイケメンと恋愛したいよー。私好みのイケメンねー。性格良ければ付き合えるって、妥協してるだけじゃんって思うもん。綺麗事だよ。みんな本当は綺麗で格好良かったりする人の方が内心では好きに決まってる。男子だってそう。可愛いかったり綺麗な人の方が内心は好きに決まってる。いくつになっても外見で判断する人ばかり。世の中は語っている。結局は外見良い人の方が有利。
21通目のお返事
上から◎×××
20通目のお返事
そもそも「基準」というモノ自体あってないようなものじゃないですかね。

選ぶって、たとえば恋人としてとか伴侶としてとか、「◯◯として」「◯◯なら」って何かに当てはめた場合ですよね。

それと「好きになる」ってまた全くの別モノじゃないですかねぇ。
好きになろうと思って好きになるもんじゃなし。
19通目のお返事
外見良いだけで性格わからない→見てるだけで十分に感じるor中身まで知りたいと思い始める
外見良くて性格合う→友人として付き合うor恋愛として付き合う
外見タイプじゃなく性格は良い→恋愛対象に見れる人もいれば友人としての関係だけなら大丈夫だと言う人もいる
外見タイプじゃなく性格も合わない、悪い→普通に友人付き合いもしない。知り合い以上の関係にはならない。必要最低限関わらない。

世間から見て可愛い人も、ある対象の人から見たら可愛いとは認めてもタイプじゃないと感じる事もあり、それならば自ら恋愛対象としては見ないので不条理に出来ているようなところがある。これは対象者にタイプじゃないにカテゴリーされればすぐには恋愛対象には向かない為努力が必要になる事を表す。この努力が報われるかと言えば報われない事もある。
烏羽
18通目のお返事
小瓶主さんのお返事を読んで思った事を。

あー、俺の書き方が悪かった。
判断の大きな指標であって、何も外見「だけ」を重視していると言いたかったわけではなかったんよ。
話の流れというか、考えた事の流れで、鼻に付くように外見の事ばっか触れてたけど。

ただ、言葉を直せば、本当に外見と内面のどちらも、どっちにも価値観の重要視が傾いてないのなら、◎〜×の評価にはならないんじゃないかなと思ってさ。

極端な話、顔を重視しない、性格が最高!みたいな価値観だと言うなら、内面が良いだけで◎になるんじゃないかって。
何が幸せなのかの判断と同じく、人の基準もそれぞれで、言葉では出来ていても本当の意味で測る事なんて出来ないと思うけれど、そこから考えてみたっていう。
だから正直、そういう価値観なら、本当にそうなるかもわからんし、ならないともわからん。(しらん)

言いたい事はわかるんだけど、返事に書かれていたように、小瓶主さんの中でも、それぞれ重要だと思う事、物事を見る焦点なんかがあるだろうから、それが人それぞれ違えばまた答えも違うんじゃないかっていう。
言い方は相変わらず悪いのかもしれんが、そう考えると、結局、たとえ俺がどう考えたとしても、俺が考えた上での確率、という話でしかない、って言えばいいのかね。

…小瓶主さんがなんの確率の話をしたかったのかようわからん上でだけども(苦笑)

外見も中身も確かに大事な事ではある、そう俺も思う。
んでも、何がいい、悪い、の話はしてないつもりだよ。努力するしないの話も。
(因みに、この返事の中でも、是非の話はしないつもり)

あくまで個人的な考えではあるけれども、正直「基準」というのも結局人が言葉から考え出したものだと思うし、本当にあるものなのかどうかも怪しく思う。
あるかもしれないし、ないかもしれない。

基準の一致の積み重ねによる、気付いたら好きだったと言うものがある可能性について否定するつもりはないし、参考にはなったけれど、基準が変わるなら、確率の話はどうなんだろうと疑問に思ったんよ。
小瓶主さんの返事から照らし合わせて、もう一度考えて書いてみたから考えれた事なんだけど、前のお返事書いた時は、そこも上手く言葉に出来てなかった。(感謝)

付き合った後の確率は入ってないとわかった。
それでも、意地悪なこと言うと自分に素直になれないとか、そういう人もいないとは言えないじゃない?
お返事を書いた人がどう思って書いたかは知らないけど、選択肢は自分と同様、相手側にもある訳だし。

…んまあ、余計な事言うと、行動も含めた外見が自分にとって心地よいと思えるものでも、どこか違う、みたいな感覚を覚える人や、ときめかない事も時にはあるみたいだし…。

なんていえばいいか…、俺自身自分の、あれが好きだこれが嫌いだって価値観は、あんまよくわかってないし、時に変わるものだとも思うしさ。
理由としては俺自身が、何が重要か、というのを多分、さほど重要視してないからそういった結論が出たのかと思う。
何が×か○かよくわかんねえし、なんだっていいよ的な。
人にいい悪いつけるのも面倒だし。

いつの間にか、外見が好きだって事も、垣間見えた内面が好きだって事もあるし、順列なんてようわからん。

というか、やっぱ小瓶主さんも考えながら気づいたり、もう知ってたかもしれないんだけど、行動や見えるもの、感じるもの、それらが外見だという考え方にすると、自分の事にしろ他人の事にしろ、明確な中身はわかんないと思うんだよね。
…でも何故か、行動を共にする度とか、何度も何度も知っていくうちに明確な「ような」中身が見えてきたり、前述の通り最初からなんか変、そういう気にならない、というような事もあるんじゃないかな。
最初からなんか、そうなんじゃないかと思う事もあるし、まあ確率といえばそうなのかもしれない。

でも、それを外見か中身かと問われると、測るなら測るしかないんだろうけど、それで測っていいのかも、個人的に疑問だ。

あと、確率というのも現象の後付けじゃないかと思ってみたり。
多分理由なんて探せば、それらしきものはいくらでも出て来るし、もちろんその中にちゃんとした根拠のようなものもあるかもしれない。
でも、好きと言う事に関して言えば、後から考えた根拠なんてなくても、行動さえあるなら、起きる時は起きるもんじゃないかな。
一人一人が確率の構成要員でもある訳だし。

基準や、個人に対しての好意の積み重ねだってあるだろうけど、それだけか?と自分の経験の中から問えば、なんか違った事もあったかと思うし。

…人間、不思議なもんで、起きないと思ってる時は起きないものでもあったりするんだけどさ。(当たり前っちゃ当たり前か)
それがまた、判断を妨げる事もあるかと思うし、逆に判断の支えにもなるだろうし…、そもそも多分、本来的にはそれ込みで「人の判断」なんだよな…。

まあ、あくまで俺個人が思った、憶測混じりの話にすぎんので、食い違いもあるかと思うが、その時はご容赦をば。
硫安
17通目のお返事
私は、外見が良くても性格が悪ければ○にはなり得ない。
多少外見が悪くても性格が良い人には敵わない。
人を好きになるのは性格有りき。

ということで、小瓶主様のいうものに当てはめるなら、上から◎×○×。

外見だけで選べば確率的に失敗します。

まぁ、私は好きになった人がタイプなのでなんとも。

共通点がまるで無いので。
誰でも無料でお返事をすることが出来ます。
ひと言でもお返事がもらえると小瓶主さんはすごくうれしいと思います。
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