※ただ考えただけのことを書き連ねた文です。
それと、一人称が変わったり、自問自答があります。
自分は何か行動しないといけないとわかってる。
それでも、面倒だと思ってすべて後回しにしてやらない。
あの人に想いを伝えることも、何もできないまま、
このまま俺は生きていくのだろうか。
何も見えない。聞こえない。
何も見たくない。聞きたくない。
自分をどれだけ絶望しか考えられなくしても、
あの人のことが好きなのを変えられない。
何もできない。自分は、
何もなかった、あの人に嫌われる、
社会に使われ、捨てられる機械だ。
自分で目指したのに、なぜ悔やんでいるんだ。
自分が望んだこと。あの人に嫌われたい。
あの人に好かれたい。なんとも思われず死にたい。
何でこの3つがあるんだろうか。
それでも結局自分は何も見ることも、聞くこともできない
空虚な機械だということは、変えることはできない。
これから、どうしようか。
このまま死のうか?
いや、あの人に想いを伝えるまで死ねない。
じゃあ何で死のうとした?
死ねといわれたから。
じゃあ、なぜ止まってしまった。
それは、自分にもわからない。
あの人が生きる意味をくれた。
だから、それを失うまで死ぬことはできない。
それに、自分が勝手に止めてしまう。
結局死ぬことはできない。
それでも絶望に打ち付けられ続けて、
生きてゆくことはできるんだろうか?
可能かもしれない。
でも、ずっと苦しみ続けるのかもしれない。
生きる意味もない、空っぽの自分で。
何にもなかった。今まで、絶望以外。
楽しかったことなど、なかった。
生きていくために言い訳していただけだった。
言い訳しても、自分に隠しても、何の意味もなかったのに。
生きる意味を見つけられた。
かもしれないだけだけど、何にもないのに生きていくよりずっといい。
だけど、それも今は本当に価値があるのか疑っている。
愛など何も価値のない、ただの言葉だと。
もし、愛が本当にあるとするなら、私は生きていこう。
長文失礼しました。ただの文をここまで読んでくれて、ありがとうございます。