私もそう考えた時が幾時かあった
あれは中学生のとき
あれは高校生のとき
あれは介護の専門学生のとき
みんな親とやりあった。
そして結婚して
最初のダンナの子供が産まれて直後
私は脳梗塞になった
そして2年間口を詰んだ
言いたいことが言えなくて
上手く説明が出来なくて
‥本当は話したくて…
だけど今の私は昔の私と違う
上手く説明はまだできないけれど
鬱も経験した
自殺もしたけど
結局未遂におわった
私は何等かの形で
生かされてるんだろうな
って思ったから
生きる事にした
ただし、勝手気ままではなくて
少しでも
この世に存在している
生き物総てに
Ecologyであるように
今は生きてます
長文乱文失礼しました。
少しでも自殺願望が減りますように。
実
2008.7.20.09時<br><br><center>[この宛メをメールで取り寄せ(空メ)]</center>
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
私の唯一の肉親である祖母も、私が中学生の頃に脳梗塞だと診断されました。
祖母は身体ではなく、脳に障害をもち、1年たった頃には、私が血の繋がった孫だというのも忘れてしまいました。
でも、祖母は毎日、大好きな絵をスケッチブックに描く事だけはやめませんでした。
孫の事が判別できなくても、絵だけは毎日、病院に入っても、施設に入っても、描き続けていました。
祖母は先日、亡くなってしまって、スケッチブックは残り数ページで使われなくなってしまいました。
最期の頃の祖母は、私と話す事は滅法少なくなってしまったから、祖母が何を伝えたかったのかはわからないけれど、そのスケッチブックは、たった1つの祖母の形見として、私が高校生になった今も、埃をかぶる事なく仏壇の傍に置かれています。
たとえ上手く説明できなくても、それまでの思い出が補ってくれて、一番伝えたい事は伝わるのではないでしょうか。
ななしさん
生きててくれてありがとう。メール送ってくれてありがとう。
心から、そぉ思ったよ。
本当にありがとう。
ななしさん
<font color=#ff0000>投稿者さんからお返事きたよ</font><br>
901通目のメールを書いた実です。
すみません、書き加えてもいいでしょうか?
私は記憶障害があり、思った事をやるとき右を左と脳みそが勘違いをします。(解
りやすくいうと以上の文ですが。難しくいえば高次能障害)
それも初めは応えられずに黙る一方だったのです。
主治医がおっしゃるには
『両脳やったにしては、かなりよくなったね。おめでとう』
と言われるのですが
私には苦痛で堪りません。
こうして、8年と年が経ってしまった今でも
言いたいことを言えずに諦めてしまうことがしょっちゅうです。
諦めてしまうことがいかに苦痛か死を考えている人達に解りますか?
死とかタヒとかよくそういう言葉が出て来るものですが、では
1番最初アナタは言われてどう思いましたか?
私は今も嫌です。
簡単に人に対して死という重々しくも閉ざされた言葉を軽く今の年若い人はいう
。(多分若年は私にもいえるだろうから。)
こうも簡単に‥。
私が言いたいのは沢山ありすぎて言えない。
上手く纏(まと)められない!
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!!
失語症ってそんなもの。
凄くつらいです。
でも私は過去があまり在りません
いじめの経験。
小学校、中学校、高校の嫌な思い出はたっぷりありますけど
最近の思い出が全く思い出せません。
式をしたはずなのですが全く。
よく高齢の方の話しをされます
だけど私は高齢者ではないし、まだ20代だよ?
もう上記のような考えは薄まりました。
共に生きていかないといけないと思ったから。
あれから9年
大分白くなりました(若白髪)
頭の中は70代の脳、私の心は20代で留まってしまった。
こんな惨めったらしい私
頭が若くしてならなくても
何れ(いず)なったであろう。
もしかしたら50、60代で有り得た話し。
今なって、あとで大変な思いをしなくてよかった
父はいいます。
私もこの頃そう思い始めてます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください