努力をするのが、恐ろしい。
皆は何故、あんなに恐ろしいことに手を染めることができるのだろう?
私にとって努力とは、余りにも分の悪い賭けだ。完璧な形で終わることができなければ、ミスや間違いがあった部分をこれでもかと言わんばかりに指摘され、その後永遠に、そのミスを責められ続けることになる。そんな恐ろしいリスクを負ってまで努力して、得られるものは束の間の安寧だけ。馬鹿馬鹿しい。
かつて私が小学生だった頃。算数のテストで95点を取った。少し苦手意識のあった単元だったので、いい点が取れて嬉しかったのを今でも覚えている。母はそのテストを見て、何故5点を取れなかったのかと怒り狂った。
かつて私が中学生だった頃。期末テストの理科で100点を取った。これなら文句もつけられまいと、母に見せた。母はそのテストを見て、何故70点台など取っているのか。理科ばかり良くても意味がないと仰った。
もちろん他の教科の勉強を怠っていたのではない。社会科は頑張ってやっと70点だったのだ。しかし私は、子供心に悟ってしまった。
努力など、無駄でしかないと。努力をすればするほど、後でより大きく苦しむだけだと。
それ以来、私は努力をする人に怯え、失敗に怯え、ただただ凡人であろうとした。自分から何かに興味を示すこともなくなった。手を出せば、やらなければならないことが増えてしまう。また大きな大きなリスクを負うハメになる。
月日は流れ、社会人になった今、私はまた努力をしなければならなくなった。
同期で入った人たちは日毎に力をつけ、成長していく。それはきっと彼らの努力が完璧だったからだ。私には、同じように完璧に物事をこなすことはできない。努力をすればしただけ、あとで余計に怒られてしまうのだ。
努力をするのが恐ろしい。
もはや私に、明日を生きる資格など無い。緩やかに、緩やかに死んでいくのを、ただ待つだけだ。自ら死を選ぶことも許されない。
私は、私の怠慢によって、社会に適合できなかった、という体で死ななければならない。
努力は無駄…否定はしません。
ただ言葉を返すようですが、あなたは、
「努力しても認められない、むしろ逆で、しては怒られる。だからしない、できない。でも、しないといけない世の中だからいなくなるしかない。」
という気持ちなのではないですか?
完璧なんてないと思います。
私はテストで勉強しても80点以上取った事がありません。(恥)
でも、死ねばいいなんて思わないです。
「私の怠慢」別にいいじゃないですか。
それは、あなたの意志であって、否定するものではないと思います。
努力がイヤなら逆をいけばいい、努力を敵視して生きるのも手だと思います。
私は本当のあなたの気持ちを尊重します。
ただ、死ぬことも、生きることも、何をすることも、今の世の中自由です。
その中で答えを見つけてみてはいかがですか?
努力じゃなくても信じられるなにか…
死ぬよりも何よりも○○!!
私の場合「自分の物欲」というなんともあれなものですが…
そういうのがあると結構いいものだと思いますよ。
長々とすみません…。